第3回「私の働き方改革」インタビュー

近年、学校での働き方改革が広く叫ばれています。新年度は、自分の仕事を見直して、新しい意識や方法で取り組むのに絶好の時期です。そこで東洋館出版社では、新年度からの働き方をスマートにするための秘訣を、4人の先生方からうかがったお話をご紹介したいと思います。

第3回は、『指示は1回』がロングセラーを記録し、新刊の『学級づくりこれだけ!』も好調な楠木宏先生。『簡単!時短!理科授業の効率アップ術』では、具体的な時短術も披露しています。

楠木先生のポリシーは、無駄を省き、最小限の手間で最大限の効果を生むということ。学級づくりにおいても、教師の働き方においても、それは共通しています。
教師を取り巻く環境や働き方について、お話を伺いました。

(聞き手:東洋館出版社 編集部)

教師の働き方はどう変わった?

——楠木先生は2年前に定年退職なさって、現在は小学校や大学で講師としてお勤めですが、若い頃はどのような働き方をされていたのですか?

2番目の赴任校は、市販のテストを一切使わない熱心な学校でした。周りの先生もベテラン揃いだったので、自分の力不足を痛感しましたね。
周りの先生からアドバイスをもらったり、授業を見せてもらったり、とにかく力を付けることに一生懸命でした。夏休みなどを利用して、研修会にも参加していました。当時は夜中まで働いていた日もあったので、今で言うと「ブラック」かもしれません(笑) 自分を鍛える時期だったのだと思います。

でも、私は多趣味なので、その時間もきっちり確保していましたよ。スキーや山登り、プラモデル。やはり気分転換は大事です。そういう時間をつくるためにも、いかに無駄なく効率的に済ませるかということを、常に意識していました。

——当時から、時短という意識をもっていたのですね。最近は、教師の働き方が注目されていますが、昔と今で変わってきたと感じることはありますか?

全体の仕事量は増えていると感じますね。人権教育、キャリア教育など、「○○教育」と名が付くものが増えて、昔よりも様々な方面に配慮しなくてはならなくなってきました。また、学校外のトラブルも、SNSなど目の届きにくいところに及んでいます。昔に比べて、保護者の考え方も様々なので、対応がより難しくなってきていると感じます。今の先生は、本当に大変だと思いますよ。

教師の仕事に潜む「3つの曖昧さ」

——教師に求められる仕事の範囲が広がっている上に、複雑化しているということですね。仕事の範囲に制限がないからこそ、広がってしまうということでしょうか?

そうですね。教師の仕事には、「3つの曖昧さ」があると思っています。1つめは「労働時間の曖昧さ」。教師には残業手当がないので、どれだけ働いても教職調整額の4%に収められてしまいます。2つめは「労働内容の曖昧さ」。授業をよりよくしようと思ったら、キリがありません。子どもの教育にははっきりとした正解がないからです。3つめは「労働範囲の曖昧さ」。学校外のトラブルなどにどこまで責任を負うべきかという点は、非常に曖昧です。アメリカなんかははっきりしていて、学校の門を一歩出たら、もう家庭の責任です。曖昧であるからこそ、真面目な先生ほど際限なく取り組み、仕事の範囲がどんどん広がってしまうと言えるでしょうね。

教師の仕事に潜む「3つの曖昧さ」

  • 1 労働時間の曖昧さ・・・放課後はどこまで働くのか
  • 2 労働内容の曖昧さ・・・授業をどこまで極めるのか
  • 3 労働範囲の曖昧さ・・・学校外にどこまで関わるのか

——「3つの曖昧さ」が、学校の働き方改革の障害になっているのかもしれません。どうしたら曖昧さを取り除くことができるのでしょうか?

まずは、自分ができることは「これだけ」と線引きをすることです。教師は何でも屋ではありません。そして、残業は「ただ働き」だと自覚すること。最近は、17時以降にかかってきた電話には、「本日の校務は終了しました。明日、○時以降にお電話ください」とメッセージが流れる設定にしている学校もあります。これには管理職の意識改革が必要ですが、個人レベルでも自分の働き方に問題がないか見直すことはできます。たとえ今すぐには実践できなくても、その問題性に気付いていることが大切なのです。問題意識もなく、これが当たり前だと思っていたら、いつまでたっても変わりません。

自分にできることは「これだけ」

——「これだけ」と割り切る必要がありますね。でも、子どもたちに対して、できるだけのことをしてあげたいと思う先生も多いのではないでしょうか?

教師には真面目な人が多いですからね。ただ、上手な「手抜き」はどんどんすべきだと思います。無駄な手間を省くことは、教師のためだけではないのですよ。子どもたちにとってプラスになる方法もたくさんあります。例えば、プリントや宿題の丸付けなどは子ども自身にさせて、教師は最後にチェックするだけ。自分で丸付けをすれば、間違いに自ら気付くことができます。教師が丸付けして返しても、ろくに見ない子もいるので、この方がずっと効果的です。また、理科の実験でも、準備・片付けを子ども自身にさせると、みんな意欲的に取り組みますよ。教師が何でもしてしまうと、かえって子どもにとってマイナスになることもあるくらいです。

——本当に子どものためになっているのか見極める視点も必要ですね。ただ、保護者の対応に関しては、「これだけ」と線引きするのが難しくないですか?

いいえ、きちんと線引きをします。例えば、毎日学級通信を作るような熱心な先生もいますが、私は週に1回と決めていました。「前の先生は違った」と比較されることもありますが、自分は自分です。その代わり、「授業のための研究に時間を使いたいので、週に1回しか発行できません」と理由も説明していました。また、「宿題をもっとたくさん出してほしい」と保護者にお願いされたこともありますが、クラスにはこの量をこなすのが精一杯な子もいるので、増やすことはできないと断りました。なぜそうするのかという明確な理由をきちんと説明すれば、保護者の信頼を損ねることはないでしょう。若いうちは、その理由付けがなかなかできないので、保護者の要望に押し切られてしまいがちです。

トラブル回避が一番の時短

——先ほどの「労働範囲の曖昧さ」にも関係しますが、学校外のトラブルに対応しなければならない状況も多いと思います。「これだけ」と割り切れないような場面もあるのではないでしょうか?

そんな時こそ、線引きが必要です。例えば、ある若い先生が、保護者から「家に息子の友達が5人遊びに来た後、ゲームが1つなくなっていたのですが、探してくれませんか」という相談を受けたことがあります。早速子どもたちに聞き取りをして、あやしいと思われる子どもを問いただしました。すると、その子の保護者が「うちの子を犯人扱いか!」と怒鳴り込んできたのです。当然、このような事態になることは想像できました。この場合は、聞き取りをした結果を報告し、それ以上は分かりませんと答えるしかないでしょう。正義感の強い先生は自分が解決しなければと思ってしまうかもしれませんが、下手に介在して事態がこじれてしまった場合、大変な時間と労力を費やすことになります。それよりも、日々の授業研究などに時間を使った方がいいですよね。

——たしかに、トラブルを未然に防ぐことこそ、一番の時短かもしれません。ほかに、トラブル回避のコツはありますか?

例えば、校内で子ども同士がけんかした場合、保護者にどう伝えるかという点にもコツがあります。被害者のお宅にはすぐに連絡をして、本人よりも先に事情を伝えます。被害者といっても、全くの被害者というケースは稀で、先に手を出したのがどちらかという違いなのですが、本人は自分が被害を受けた部分しか伝えないものです。

まずは正しく状況を知ってもらうために、教師が説明する必要があるでしょう。それに対して、加害者の子どもには、本人の口から親に報告させるようにします。親は自分の子どもが可愛いですから、教師の言葉をにわかには信じません。本人から直接聞くことで、自分の子どもに非があることを受け入れる覚悟ができます。なるべく事態がこじれないようにするためのテクニックは、ほかにもいろいろあります。

——後々楽になるように先を見越して行動することが、効率化の近道かもしれませんね。 最後に、これから新年度を迎える先生方がスマートに働けるように、何かアドバイスをいただけますか?

先ほども言いましたが、「これだけ」と線引きをするためには、きちんと理由付けをする必要があります。そのための判断基準が自分の中になければならないということですね。

この判断基準となるようなものをつくっていくためには、積極的に周りの先生に相談して意見を求めたり、普段から書物などを読んで情報収集に努めたりするといいと思います。判断基準ができると、精神的にもだいぶ楽になると思いますよ。また、どこかに遊びに行った時に見聞きしたことが、思わぬ教材のヒントになることもあります。書物から得られる情報だけではなく、外で実際に見たり触れたりすることは大切です。旅行を楽しみながら教材研究もできれば、一石二鳥ですよね。常にアンテナを高く張っておくようにすれば、どんな場面でも得るものがあると思います。
そうやって得た知識は自分を裏切りません。いずれ身を助けてくれるはずです。

「これだけ」と決めて、無駄のない働き方を!

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