特集 ちえをもちよる vol.9 学校における“心のケア” ――その礎を築くために

執筆者: 初川久美子

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能登半島地震の発生から丸2か月が経過しました。

災害が発生した際、必要となる対応として「心のケア」という言葉を頻繁に耳にします。しかし、それは具体的には何をすることなのでしょう。こと学校の教育現場においては、子どもたちにたくさん声をかけたらよいのか、そっとしておくのがよいのか、先生方にとって判断に迷う場面にも出くわすのではないでしょうか。

「ちえをもちよる」第9回。現在、能登半島地震の被災地域やその周辺等で教育活動に尽力されている教職員のみなさまに向けて、スクールカウンセラーの初川久美子さんが、「心のケア」がテーマの書き下ろし原稿で知恵を持ち寄ります。

この度の能登半島地震でお亡くなりになられた方に心からお悔やみを申し上げるとともに、被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。

先生方のなかにも、この度の地震で被災され、ご家庭や学校に被害があった方も多くおられると思います。先生方の体調や気持ちの調子はいかがでしょうか。発災から2か月以上が経ち、直後の緊張感も徐々に緩んできた分、疲れを感じやすい時期になりました。生活面で不自由もまだまだあることと思います。

そんな中、学校での教育活動が再開してきました。子どもたちの様子はいかがですか。
地震そのものの衝撃の大きさ、被害の甚大さ、なかなか元通りとはいえない生活。きっと子どもたちの心は大きな傷を受けたに違いない。子どもたちは大丈夫なのか。子どもたちの心のケアをしていかなくては。そんなふうに感じていらっしゃる先生も多いことと思います。また、学習やその他の活動を出来る限り提供していかなくては。3学期、1年間のまとめの時期、伝えておきたいこと、やっておきたいことがある。そうした思いもまた当然のことと思います。

子どもたちに心のケアを。大人はそう考え、世間の風潮としてもそれが求められている。しかし、どのようにしたらよいのか、何をしてはいけないのか、誰がしたらよいのか。先生方がどうにか“心のケア”なるものを提供したいと思っても、実際には困ってしまったり、少し負担に感じられたりすることもあるのではないでしょうか。

まずお伝えしたいのは、先生方がすでにされている学校での“日常”を提供すること。そのことが心にとっては安心をもたらすものであるということです。実際には前のような日常とは程遠いかもしれません。窓からの景色も以前とは全然違ったり、施設的にも以前と同じようには使えなかったりするかもしれません。でも、それでも、先生と子どもたちとで以前のような“日常”風味の時間を過ごす。同じ時間を過ごし、一緒に学習をする。他愛もない話でふっと笑い合う。すでにそれが“心のケア”の礎となっています。
先生方は以前から、子どもたちのちょっとした変化には目を配ってこられたことでしょう。気になる子がいたら、学年で、教職員全体で共有してこられたと思います。それをいつもより少し丁寧に、細やかな目盛りで行う。「なんかちょっと気になったんですよね」「なんかあの子、頑張りすぎているような気がして」、そうした小さな目盛りで気付いたことを職員室などで共有する。気付きや目配りをふわっと充満させる。それもケアの礎です。

一般に“心のケア”というと、対象者(子どもたち)はなんらか辛いことを心の奥底に抱えていて、支援者(先生方)がそれをまるで手当てするようにケアをする、そんなイメージもあると思います。だからまずは子どもたちがそうした心に抱えたものを出してもらうところから始める、と。
ただ、大人もそうですが、なかなか辛さや苦しさを外に出さない場合、周囲の様子を見て(例えば大人が生活の再建に向けて頑張っている様子を見て)自分の苦しさを奥に引っ込めてしまう場合、また子どもは(大人もそうですが)辛いときもあれば、楽しいときももちろんあって、いつもいつも悲しい表情をしているわけではないので、それぞれの気持ちが移ろいやすかったり、むしろにこにこしている印象を周りが持ちやすかったりする場合もあります。
子どもたちの中にはもちろん辛い気持ちや傷つきがあると思います。しかし、だからといって、子どもたちの言動から辛さや傷つきばかりを探してしまうのはあまりおすすめしません。辛さを表に出せるのは、一般的には安心しているときです。大人がいつも不安げな眼差しで子どもたちのことを見ているときっと大人の不安が子どもに伝わり、安心からは少し遠のいてしまいます。また、辛さや傷つきばかりを探してしまうと、どうしてもそちらに目が行ってしまうので、「今できていること」「強み」、例えば、お手伝いを率先して行う、細かなところに気付く、そうした事柄のポジティブな面に目が向きづらくなってしまいます。もちろん、お手伝いを率先して行うのも頑張りすぎなのではないか、細かなところに気付くのも緊張が高いせいなのではとネガティブに捉えることもできます。でも、今はそうした個人の強みや役に立ちたいという思いが出るのも自然なことで、それに対しては感謝とそして労いをもって、ともに今を乗り切る(広義の)仲間なのだと受け止めていきたいと感じます。

だからこそ、私は先生方と子どもたちが織り成す“日常”を営むこと、それがとても大切なことに感じます。安心できる時間、ふっと力をぬける時間、“前みたいな時間”を過ごすこと。既に先生方が心がけていらっしゃることと思いますが、それこそが大切だと改めてお伝えします。

そのうえで、いくつか、心のケアのポイントとなることをお伝えします。

● 心のケアには順番があります。まずは、衣食住つまり、生活の基礎的な面の問題があればそちらを先に対応します。心は衣食住の後です。食べるもの、寝るところ、(大人の場合)仕事などで大きな問題を抱えていたら、心が元気にならないのはむしろ当然です(環境が不調なら心も不調になるのが自然な反応)。まずは、生活面での最低限の安心そして安全(あたたかいものを食べられる、寒くないところで眠れるなど)を整えるための対応をしましょう。学校の中でどうにかできる話ではないかもしれません。福祉や行政にお願いしたいところです。

● 生活面がもろもろ整うまでは心身の不安定な反応・不調が出てくることは自然なことです。身体の不調には、いわゆる体を気遣うケアや言葉かけを。心の不調には「そうだよね、辛いよね」「疲れるよね、いやになっちゃうね」とその不安定さを不安定なまま、否定せず(「頑張れ」等奮い立たせることなく)受け止めてください。

一般に「眠れてる?」「食事は食べられてる?」といった体を気遣う声掛けは、子どもたちと個別に関わる際の糸口としてとても適しています。心の不調がありそうな子にもまずは身体を気遣う話から始めるとよいでしょう。

● 今は発災からひと月以上が経ち、当初に心身に出ていた反応が徐々に落ち着いてきた人も多いと思います。ただ一方で、これまで過度に緊張させることで非常事態に適応させていた心身も、緊張がゆるみ(あるいは続かなくなり)、疲れやしんどさが出てくる人もいます。そうした不調は主に3つに由来するものと考えられます。

①トラウマ反応
命の危険を感じる出来事によって引き起こされる反応(地震当時のことをありありと思い出す、もしくは思い出してしまうようなものや場所を過度に避ける、眠れない・休まらない、あるいは感情や感覚の麻痺など)

②喪失・悲嘆反応
家族や大切な人を亡くす、家など大切な場や物を失うことによる反応(感情の麻痺、亡くした人のことで頭がいっぱいになる、今いる人のことに目が向かないなど)

③ストレス反応
避難所生活など今までとは違う窮屈さ・不自由さなどによるストレス反応(いらいらする、ぐずぐずする、眠れない、食欲不振など)。

先生方が子どもたちと接する中で、そうした面に気付いたら、お子さん本人には今はまだどんな反応が出てもおかしくないし、疲れや辛さが出やすい時期でもあることを伝え、折々に様子を見、声を掛けるようにしてください。
そして先生方の中で情報共有するとともに、近くにいる心理や福祉などの専門家の意見をあおぐと心強いと思います。

● これから先、子どもたちの生活環境(家庭面)によってもさまざまな差が顕在化していくのではと思います。被害の多寡、保護者の仕事の状況、家族の心身の健康。また、災害のような非常事態が起きると、それまで家庭の中でどうにかぎりぎり保たれていた難しさが露見しやすくなります。逆に、こうした状況下で家族が団結し、生活は厳しくとも円満さが増す場合もあるでしょう。そのことは同時に、学校に集まる子どもたちの背景にあるこうした“差”が大きくなるとも考えられます。差そのものに学校から何かできることはあまり多くないかもしれませんが、そうした背景も留意したうえで、学校では“日常”を安定的に提供することが大切です。
こうした“差”や、地震という出来事の捉え方や受け止め方、反応といった個人差などによって、子どもたちがつい誰かと自分を比べて苦しくなることも出てくるかもしれません。また、自分より大変な人がいるからと我慢してしまうこともあるでしょう。みんなで一緒にいるのに、いや、一緒にいるからこそ、心が孤独を感じることも出てくるかもしれないということ。辛い出来事がトラウマとなるときの1つの要素として、「孤独」ということを指摘できます。地震という出来事は共有されていますが、それぞれにとってその出来事をどう捉えているかは、実は異なっています。「みんな同じ」「私も同じ」とは言えないのです。誰かが話してくれた話(事実の受け止め方)はそれはそれ固有のものとして尊重する(言葉にすると「そうなんだね」となりますが、意味合いは尊重です)。その人の語りはその人のものでしかなく、聞き手は“尊重して受け止める”しかできないし、それこそが最善でもあるのです。

● 「辛いことがあるなら話してごらん」あるいは「辛いことは話すと楽になるよ」といったことを広いメッセージとして伝えることは悪くはないですが、子どもが話そうとしていない時に話させようとするのはよくはありません(また、話して楽になるかどうかは、話し手次第、聞き手次第な面もあり、いつでもそうなるとは言えないのです)。かといって、“そっとしておく”だけだと、結果として孤独を深めることもあるだろうと感じます。
だからこそ、“日常”の中で目を配り、気を配り、普通の声掛けをしていけたらよいと思うのです。「どうした? なんか今日元気ない?」「先生に話したいことあったら、聞かせてね」。子どもが話す話さないに限らず「先生が話を聞くよ」、つまり“心が元気なくなったときにたずねるドアはここにあるよ”、そうしたメッセージを子どもたちに折々に(全体に、個別に)伝えていただけるといいでしょう。具体的なきっかけづくりとしての全員面接や「こころとからだの健康チェック」のようなアンケート実施も有効です(※全員面接の目的は、個別に関わる時間を短時間でも確保し、「先生はあなたのことを気にかけているよ」と伝えることです。子どもに何かを話させることが目的ではありませんが、話したいと思った子には話すきっかけとして機能します。面接では主に身体を気遣う質問をするとよいでしょう。アンケートを事前に行っておくと面接に対してお互い心の準備ができます)。

さて、ここまで先生方が子どもたちの心のケアをしていくにあたってのいろいろを書いてきました。ただ私は書きながらずっと申し訳ない思いがしています。先生方も当事者で、被災されているかもしれません。そんな大変な状況にある先生方にいろいろとお伝えしてよいのだろうか。そんな葛藤と逡巡の中で思うのは、やはり先生方は今までされてきたこと、いつも通りのことをすればいいのではないか、ということです。何度も書いたように“日常”はケアの礎となるはずだと思うからです。そして先生方が日々悩みながらやってきていることはきっと大方それでよいのではないかと感じます。今までもこれからも子どもたちのことを学校場面で見守ってくださっているのは先生方です。
子どもたちへのケアとして書いてきましたが、ここまでの内容は子どもたちのことだけではありません。大人のことでもあります。大人の自己点検としても読んでいただければと思いますし、そんな眼差しで先生方やご家族の間でお互いを見ていけたらよいのではと思います。
どうぞ体調など崩されませんよう、休めるときは休みながらお過ごしください。1日も早い安寧と復興を心から願っています。

【参考資料】


兵庫県こころのケアセンター

https://www.j-hits.org/

→災害のこころのケアに関する情報がまとまっています。


こどもとそのまわりの人が地震・災害のときにできること

https://kodomocare.studio.site/

→能登半島地震を受けて作成された、大人・子どもそれぞれへの心理教育・メッセージ。


大阪大学大学院連合小児発達学研究科

https://www.ugscd-osaka-u.ne.jp/index.html

→金沢大学も含む5大学連携のHPで、大人向け、子ども向け心理教育教材があります(発災直後から1か月程度の時期の心のケアについて書いてありますが、今読んでも確認しておきたいことが多々あります)。


安 克昌『心の傷を癒すということ』 角川ソフィア文庫 2001

→阪神淡路大震災で自らも被災しながら「心のケア」に奔走した精神科医の記録。阪神淡路大震災のあった1995年は「心のケア」元年と捉えられています。

https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g200109000082/
→こちらの本はドラマ化、映画化されており、2024年3月末まで、映画がチャリティ公開(無料公開で視聴可能)されています。

詳細はこちらから 映画「心の傷を癒すということ 劇場版」製作委員会


日本心理臨床学会 阪神淡路大震災特設ページ 阪神淡路大震災時の学級通信

https://www.ajcp.info/heart311/?page_id=2628

→阪神淡路大震災時に臨床心理士と同時に教員でもある古川香世先生が、当時担任をしていた1年2組の生徒たちに出されていた学級通信。当時の学校の先生がどのようなメッセージを出されていたのか、今となってはとても貴重な記録です。


ジョージ・S・エヴァリー、ジェフリー・M・ラティング「サイコロジカル・ファーストエイド ジョンズホプキンスガイド」金剛出版 2023

https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b627694.html

初川久美子(はつかわ・くみこ)
東京都公立学校スクールカウンセラー。都内公立教育相談室教育相談員。臨床心理士、公認心理師。児童精神科医と「発達研修ユニットみつばち」を結成し、教員・保護者に向けて研修・講演の講師を多数務める。

令和6年(2024年)能登半島地震に係る災害義援金の受付について:石川県Webサイト