使える学力の育て方—すべての生徒が自学自走できる授業づくり

著者 冨塚大輔 著
販売価格1,980 (税込)
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「概念砕き」「お散歩授業」「ビブリオバトル」「漢詩ラップ」「人物相関図」「置き石授業」「英語との教科横断」「掛詞ギャグ」など、一見すると奇をてらっているように見えて、学習指導要領や教科書にしっかり準拠しつつ、国語科の実践を例に挙げながら、生徒の学力を着実に向上させる中学校・授業改善の具体策を提案!

中学校段階で鍛えるべき学力


学力と言うと、中学校段階では表向き学習指導要領が定める資質・能力を指し、本音レベルでは希望校に合格する(または就職試験に受かる)ための知識・技能をイメージする方が少なくないと思います。それに対して、私はいずれも学力だとはみなしていません。中学校教育は、生徒一人一人の学びの通過点にすぎないと考えているからです。

そんな私が重視しているのは、将来会社勤めをするにしても、自ら起業するにしても必要となる「自分で課題を見つけ、自分なりにどんどん学び進めていける力」です。そのため、中学校段階では「一定の課題のもとで、自ら勉強できる(自走できる)」ことを重視しているわけです。

よく課題解決力が大事だと言われます。確かにそのとおりなのですが、課題を解決するためには、まず何が課題なのかを知らなくてはなりません。実は、これがなかなか難題で、課題を解決する力よりも、課題を見つけ出す力を身につけることのほうがむずかしいからです。(言うまでもなく)解決すべき課題を見いだせなければ解決しようがありません。
そこで私は、授業を通して課題を解決する力を鍛えながら、「自分が解決したいと思える課題」を生徒自身が見つけられるようにするトレーニングを積ませることが、中学校では重要だとみなしています。

「使える学力」の実相

物事を「知っている」ということと、知っていることを「使える」ということは、それぞれ明確に分けて考える必要があります。中教審の論点整理(平成27年)でも、「身に付けるべき知識に関しても、個別の事実に関する知識と、社会の中で汎用的に使うことのできる概念等に関する知識とに構造化される」と指摘し、新しい学習指導要領は「何を学ぶか」「何ができるようになるか」「どのように学ぶか」を重視しています。

これらのことを踏まえて、私なりの解釈を述べさせてもらえば、「知っていることを使えてこその学びだ」ということです。また、知っていること同士をくっつけて新しい知識を得ていくことも抱き合わせで必要だと思います。
実を言うと、受験学力も同じです。あまり意識されていないかもしれませんが、単純な暗記だけでは、入試を乗り切ることはできません。

そんな私が最も重視していることは、将来どのような社会が訪れようと、どのような環境に身を置くことになろうと、自分の足で立ち(自立し)、お互いに高め合える仲間をつくり、自分一人でも完遂できるようなシチュエーションにあっても、あえて仲間と共に(仕事であれ、プライベートであれ)よりよい社会生活をつくっていける「汎用的能力の基礎」を、生徒一人一人が獲得できるようにすることです。

この「汎用的能力の基礎」の具体は、いくつかの能力の掛け合わせによって高められていくものです。例を挙げると、「学習内容を解釈する力」「学習のゴールを見通す力」「概念を砕ける力」「プレゼンする力」(効果的なアウトプットで相手を納得させる力)です。それらを総称して、本書では「使える学力」と呼称し、それら諸能力を着実に向上させる授業づくりの考え方と方途を紹介します。

 

第1章 中学校らしい授業の姿と使える学力

本章では、私の指導観を踏まえた中学校らしい授業のあり方や、生徒たちが実社会に出たときに使える学力のバリエーションについて述べていきます。まずは「授業の主役は誰か?」という問いから考えていきましょう。

授業の主役は誰か

教師になる前は、建材を輸入販売する民間企業で働いていました。当時のことを思い返すと、働きはじめて間もないころは人見知りな性格が災いして、うまくいかないことばかりでした。自社で扱う商品知識をつけようと躍起になるものの、お客様のほうが詳しいことも多く、よく恥をかいていました。
当時の上司からは、「誰のためにやるのか」とよく問われたものです。しかし、当時の私は「そんなの、自分の売り上げを伸ばすためでしょ」と思い込んでいて、上司の言葉の本質が見えていませんでした。“ノルマを達成しなければ…”というプレッシャーのなかで時間に追われる日々が続き、心に余裕をもてなかったのでしょう。
しかし、そんな私も、上司に同行するにつれて以下の二つに気づけるようになります。

●取引相手と交渉中、相手が話しているときの表情をしっかり見ていなければ、相手の意図や真意をつかむことができない。
●相手の求めていることを理解したうえでなければ仕事を受注できない。いずれも当たり前のことです。

しかし、それまでの私は、商品を説明したくてカタログの文章を読み上げてばかりだったし、自分の成績を上げられそうな商品ばかりプレゼンしていました。要するに、自分都合の営業になっていたのです。また、商品説明さえしっかりできていれば、自分は役目を果たしていると、身勝手な安心感を得ていたことにも気づきます。
この時点でようやく、上司の口ぐせだった「誰のためにやるのか」の本質を理解できたように思います。それ以後は、商品を説明するにも相手意識を強くもち、お客様に喜んでもらえる機会も少しずつ増えていきました。

ここで、学校現場に目を転じます。
「授業の主役は誰か?」と問われたら、みなさんはどのように答えるでしょう。「生徒に決まってるでしょ」とお答えになるのではないでしょうか。私もそう答えます。問題は、現実の授業でもそうなっているかということです。主役であるはずの生徒が脇役に徹していて、教師である自分が主役の座に躍り出てしまうことはないでしょうか。
残念ながら私には、そんな経験が幾度となくあります。だからこそ、そうならないよう、日々の自分の受け止め方や方法を戒めています。授業が、生徒の成長よりも、教師の気分を満たすものになってしまえば、生徒の学びが置いてけぼりになるからです。
では、どういうときに教師が主役になる授業にしてしまうのか…。
一つには、自分にとって都合のよい(やりやすい)タイミングでしか話をしていないときです。生徒がせっかく自分で考えていたり、ノートに書いていたりするにもかかわらず、(それと気づかず)唐突に説明をはじめてしまうなどが最たる例です。要するに、生徒の表情や活動の様子を“見ているようで、実は見えていない”のです。大人同士でもそういうことがありますよね。相手が集中して計算していたり、誰かと打ち合わせをしていたりするのに、タイミングを見計らずに話しかけてしまうのに似ています。
このように、生徒たちの姿が見えていないと、自分では適切な指導をしているつもりが、実は生徒の学習の邪魔にしかなっていないことがあります。
いい授業を行うためには、入念な準備や的確な説明を行う力などが求められますが、まずは生徒の思考や学習活動を邪魔しないことだと私は考えています。そのために必要なことが、生徒の注目を集めるべきときとそうでないとき、むしろそうであってはいけないときの峻別です。これは、生徒の姿がよく見えていないとできません。
それともう一つ、授業をクローズする段階で、生徒ががんばったこととズレた締め方をしてしまうケースです。具体的には、生徒があれこれと自分なりの意見を出してくれていたのに、最後の最後で「私がこの授業でみなさんに伝えたいことは○○です」と、(生徒の意見と何のつながりもない)自分の考えを述べて締めてしまう授業です。
生徒にしてみれば、“いままで出し合ってきたのは何だったの?”という受け止めとなります。これも、生徒の現状が見えていないために軌道修正がかけられない、もしくはかけようとしない例で、生徒を授業の脇役にします。
授業を通じて生徒に伝えたいことがあるのは素晴らしいことです。問題は、自分が行わせている学習活動とリンクしているか、学習を通じて生徒が考えたことの延長線上にあるかです。そうでないと、教師の語りは、生徒の学習にとって無益であるばかりか、学ぶ意欲さえも奪います。
ただ、そうなってしまいがちな理由も理解できなくもありません。私たち教師は誰しも“教えたがり屋”だからです。大なり小なり“上手に教えるのが好き”なのです。
こうした心情そのものは、悪いことではありません。むしろ教師としての自然な特性の一つだと思います。問題となるのは、“自分の思うとおりに教えたい”という思いが強くなりすぎるときです。たとえば、次のような場合がそれに当たります。

●情熱がすごくあって、“「主体的・対話的で深い学び」のある授業で生徒の資質・能力を育むんだ”という意気込みが強すぎて、自分の思いどおりに授業を進めようとする場合
●あと5分経ったらこの発問、10分経ったらグループ活動を行うといったように、自分の立てた計画どおりに授業を進めることにこだわってしまう場合

いずれも共通することは、(前述のように)“生徒の姿は視界に入っているはずなのに、実は見えていない”ことです。そのため、教師に求められていることを生徒が理解していなかったり、自分の考えをプリントに書ききれていない生徒がたくさんいたりしても、その様子に気づきません。その結果、自分の思いとは裏腹に、自分が授業の主役になってしまうのです。
また、“自分が主役でないと不安になる(生徒に任せるのが怖い)”という心情が働く場合もあります。研究授業などで起きやすいケースです。周囲からの批判を浴びたくないばかりに、授業を教師の独り相撲にしてしまうわけです。
“私にはこれだけの知識がある、上手に教える指導力もある”という自負が、虚勢によって支えられている部分が、(私も含めて)教師には少なからずあります。その結果、“だから私についてこい”と言わんばかりに、(授業の主役は生徒であるという思いをもちながらも)自分が躍り出てしまう。

授業は生きものです。生きているからこそ生徒をコントロールしたくなります。しかし、コントロールすべきは、教師としての心情のほうだと思うのです。
(後略)

使える学力の育て方—すべての生徒が自学自走できる授業づくり

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著者 冨塚大輔 著
読者対象
出版年月 2021-09-14
ページ数 232
ISBN 9784491045269

第1章 中学校らしい授業の姿と使える学力のバリエーション

授業の主役は誰か
授業の手綱
小学校との違いから見えてくる中学校の特性
授業のゴール
教師としての自信が、授業の視野を広げる
授業の仕舞い方
ワークシートと生徒の変容
教科横断型授業の可能性への気づき
中学校段階で鍛えるべき諸能力
1 生徒が身につけるべき学力
2 知識の応用と受験学力
3 解釈力—インプットした情報を平易な言葉に変換できるスキル
4 気づける力—既習の知識を使って発想できるスキル
5 段落間の関係性を読み解ける力
6 概念を砕く力—言い換えができるスキル
プレゼン力の重要性
将来、必要とされる能力の基礎をつくる
1 生徒が「いままでにない教科」をつくる実践
2 生徒の発表から見えてきたプレゼンする力の実態

第2章 生徒が自学自走できる授業のつくり方

単元をつなぐ—飛び石にしない
説明的文章の単元のつなぎ
モヤッとした気持ちが、問いとして残る
学習に必要なつまずきと失敗
1 あえて失敗させる
2 失敗させる方法
言葉をリフレッシュする
生徒の学ぶ姿をイメージする
授業ストーリーの立て方—山場はつくるが、満足させない
学年を越えて単元をつなげる
生徒の想定外の発言は拾い上げて使ってしまう
指導案は一気につくる、なぜならそれが一番楽だから
指導案を微調整するタイミング
自らの授業を改善する
1 指導案そのものの更新の必要性
2 新学習指導要領改訂の骨子は、構造化と言語化にある
3 主体的に学習に取り組む態度の評価
4 見方・考え方の価値とむずかしさ
5 見方・考え方を働かせるタイミング
1時間の授業の終わりもスッキリさせない対話を活性化する方法

第3章 1時間ごとの授業マネジメント

目的先出し、1時間の授業展開は最後の工程から説明する置き石の授業
弔辞を書く—置き石の授業展開例
お散歩授業
人物相関図—文章構成の必然性を見抜く思考ツール
要約する過程を見せる実演指導
時間と完成度
英語の先生との教科横断型授業コラボ
たまに「跳べ!」とも促す
生徒を放牧する
1 生徒が教師になる
2 グループでの教師役
教師は生徒の活躍を応援するオーディエンス

第4章 使える学力を育てる実践

掛詞は高級オヤジギャグ
ラップを引き合いに出して学ぶ漢詩
課題解決型の読書活動
既習を生かすビブリオバトル
もてる力を最大限に高めるプレゼン

第5章 中学校教育にまつわるアレコレ

教えない部活指導
失敗を糧にして成長につなげる学級経営
研究授業と協議会のもち方について考えてみる
教師の意識を変えるコーチング
教科の仲間で授業を見合う、他教科の仲間と授業をつくる
定時で帰る—これからの働き方
民間企業と同様に若手でも、校長になれるとしたら…

冨塚大輔
東京都杉並区立中学校教諭
1985年、福島県生まれ。東京の大学に進学。日本語教員を目指しつつ国語の教員免許を取得。卒業後は株式会社アドヴァンに勤務。東京本社にて総務部、営業部に所属。大手コンビニエンスストや大型商業施設等を担当する。営業職として活動しながら、新卒者の採用面接や新人研修を行ったことがきっかけで、育成に興味をもち、教員を志す。転職後は東京都中学校国語教育研究会に所属。2019年の全国大会で教科横断的な視点として授業実践を行う。教科間だけではなく学習が社会でどう生きるかを考えながら授業実践している。
[2021年9月現在]

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