著者インタビュー
長崎県松浦市にある薬店「ファミリードラッグyou」。住民に愛される街のドラッグストアが、著者である川上誠治さんと、監修の満行勝さんの職場だ。
買い物に来るだけでなく、スタッフとおしゃべりをしたり、病気や妊娠の相談に来たり、ときには待ち合わせ場所になったりもするアットホームなこのお店から、『ちいさな天使のものがたり』は生まれた。
自費出版刊行から半年が経ち、様々な反響を呼び、このほど全国販売されることについて、現在の思いや、本書に込められた願いなど、川上さんと満行さんお二人にお話を聞いた。
—— 始まりは、流産の悲しみを抱える知り合いの女性に贈ったお話だったということですが、言葉掛けではなく、物語にして届けたのはなぜですか?
川上 自分たちは専門家なので、カウンセラーとして「正しい答え」を言ってしまうと、聞き手としては言葉がきつすぎると思ったんですよ。「そんなことはわかってるよ」ということを言われると逆に辛いことってありますよね。
だから、ひとつの物語を通して、自分で発見して「気がついた」と思ってくれた方が楽なんじゃないかと思ったんです。
安土桃山時代の茶人である千利休の言葉で「伝えるはわろし、伝わるはよろし」というのがあるんですね。その言葉同様、自分で発見してほしい、というのが私の根底にあります。
だから、物語というかたちにしながらも、具体的なモチーフや方程式は入れずに、言葉もできるだけ削ぎ落としたい、読者に描いて欲しいというのがありました。
満行 川上さんは優しい人で、はっきり言わないんです。その遠回しな優しさが彼のいいところでもあり、悪いところでもあります(笑)。でもその優しさが、この「物語」というかたちでよい方に現れたんだろうなと思っています。
—— ストーリーのモチーフ、天使のイメージはどこから着想を得たのですか?
川上 思想家の小林正観さんの本にあった一節なのですが、先天性の病気をもっていらっしゃる娘さんについて「この子は私たちを選んで生まれてきたのだと思って、その瞬間、心が楽になった」と書かれていて、なるほどそうなんだって思っていたんですね。
その後、子宝カウンセリングの勉強をするなかで、未妊治療の過程で、お母さんが頑張っていると赤ちゃんが少しの間だけ来てくれて、また帰っていくという話を聞くことがあって。
天使については、私自身がクリスチャンだからというのもあります。それに、天使なら、お空に帰ったあと、いつかまたお母さんのところに戻らず天国にそのままいても、天使の役割を果たせているのだから幸せなことだと思えると思ったからなんです。
本書の最後にも、お母さんの呼びかけにうなずく天使の様子が書かれていますが、それはまた生まれてくることを約束したわけではないのです。
帰ったことよりも、来てくれたことを喜んで欲しいっていう思いもあります。天使ちゃんが戻ってくる、輪廻っていうのは仏教的な考えでもあるのですけれどね。
満行 その、最後の天使のうなずきについては、二人で何時間も話したんです。
また生まれてくる子どももいれば、生まれてこないこともある。それは現世ではなくて来世の約束かもしれないし。だからはっきりとした天使の意思は書いていないんです。
—— 本書の制作にあたって気をつけたところはありますか?
川上 私はもう書いただけで、実はあまり読み返してないんですよ。
読み聞かせなどすると、読んでいる自分が泣いてしまうというぐらいで(笑)。
だからその分、満行さんが200回も300回も読んでいるんですよ。絵と文章の組み合わせも、お店で広げてああでもない、こうでもないと。
そして、この言い回しが別の立場で読んだらきつくないかな、とかいろいろ指摘してくれたんです。実はもともと私が書いた出だしは「気がついたら命がありました。」だったんです。命って与えられたり作ったりするものではなく、気がついたらあるものだと思っているので。でも満行さんから、「わかりにくいかも」と指摘を受けて、「目が覚めると、ふかふかの雲の上にいました」という感じに変えました。お母さんのお腹のなかにいる時間も限定しないようにして、いろいろなお母さんの状況に合わせて読めるようにしたんです。
本のなかの「赤ちゃんが産まれる幸せと引き換えにたくさんのちからを使ってしまう」という一節もそうです。この「ちから」というのは、お母さんの体力や身体のことだけを言っているのではなくて、たとえば環境や、未婚や年齢、経済力などの状況も含めているんです。
いろいろな事情があって赤ちゃんを産めない方もいますからね。
今回の改訂にあたっても、最後の「いっぱい、元気になるから、こんどは生まれておいでね。」も「いっぱい元気になるからね。こんどは生まれておいでね。」に変えたんですよ。元気にならないといけないというような、条件付けというかきついニュアンスに受け取られてしまうからやめようという話になって。
満行 お母さん、赤ちゃん、お父さん、いろんな人の立場に立って文章を読むように気をつけましたね。
—— 本が出て、反響はどうでしたか?
川上 最初に出したときは、薬局に来る方にカウンセリングとして本を渡せればいいなと思っていただけなので、ここまで受け入れられるとは予想もしていなくて、びっくりしました。ちょっとした作文のつもりだったので(笑)
これだけ反響があったというのは、「塞翁が馬」ではないですけれど、悲しみはただ悲しいだけではなくて、よいものも含んでいる、意味があるんだと気づけるきっかけになったのかなと。
満行 北九州や佐賀、福岡の方からもわざわざ来てくれた方もいらっしゃいましたし、テレビ放映を観たよ~ってお店に顔を出してくださった方もいらっしましたね。
この本を読んだから、と子宝相談に来てくれた方もいます。なかには、妊娠はしたけれど産める状況ではなくてどうしようという相談もあって。
環境は厳しいけれど、産みたいからこそ自分たちのところに来てくれたと思うと、本のおかげかなと。
流産や死産について、目を向けたり寄り添えるものが今までそこまでなかったからここまで受け入れられたのかなと思っています。蓋をしていたというか、男性も目を背けているところがあったというか。
注文を受けていて感じたのは、自分の為にというより、苦しんでいる奥さんのためにとか、身近な人へ贈りたいって方が結構多いんですね。この本を通じて気持ちを伝えたり、寄り添いたいという。
川上 「実は私も経験者なんです」って打ち明けられることも出てきました。今までだれにも話せずいたけれど、話してもいいんだ、と思えたんでしょうね。
満行 本が出た後「せっかく流産のことを忘れていたのに思い出させられて辛かった」という方もいらっしゃいました。
でもそういうときには逆に「この本作ってよかったな」と思ったんです。赤ちゃんの立場からしたら、忘れられたらさみしいですよね。その方も1週間くらいしたら「思い出せてよかったわ」っておっしゃってくださって。
一瞬は辛かっただろうけど、そうやって気づいてもらえたら嬉しいですね。
川上 知り合いの男性なんですが、この本を手にして1か月、開けなかったって言う方もいました。奥様がお子さんを流産されたばかりで。「表紙を見たら開けなくて、でも1か月経ってようやく読むことができたら、とめどもなく涙が流れた」っておっしゃっていて。
お父さんもそれだけ辛い思いをしているんだなと、あらためて感じて。お腹に宿したお母さんとは違う視点で、それにお母さんの辛さを支えながら、悲しみを共有しているんですよね。
—— 読者へのメッセージをお願いします。
川上 このお話のなかに、神さまが「気づけば喜びに、気づかなかったら悲しみに」という一節があるのですが、そこが私のいちばん言いたいところですね。気づいてほしいという。
それに、私たち日本人て、赤ちゃんとか小さな子が泣いていると「泣かない泣かないよ~」とあやすこと、昔からよくありますよね。
転んで怪我しても「泣かないでえらいね」みたいな。でもそうやって大人になると、本当は泣きたいときに泣けないで、笑ったりすることがあって。
私はきちんと泣いてほしいと思うんですよね。
涙ってストレスの塊だから、泣いて流した方がいいと思うんです。笑ってるけど、暗い影をもっている人がいて、本当の気持ちを出して泣いていいんだよって言ってあげたいですね。
そして心からの笑顔を取り戻してほしい、ということですね。そのための一つのきっかけに、この本がなればいいと思います。
満行 出産や妊娠の現場には、もっと厳しい現実だってあると思うんです。もしかして望まない妊娠や出産をした人もいるかもしれない。
そんな人にはこの本はきつい内容かもしれない。万人に合う内容にすることは難しいです。
でも、この本に慰められる人もいると信じて出したんです。
それに、もし批判があったとしても、出産の現実や事実に目を向けられて、議論になったのであれば、意味があると思っています。
この本は、赤ちゃんを亡くされた女性だけじゃなく、男性、それに中高生のような若い子にも読んでほしいと思っています。これから生きていくなかで、こういうことがあるかもしれない、そう知っておくことだけで違うと思うんですよね。そのためにこの本を読んで、自分のため、周りの人のために生かしてほしいなと。