こだわりの道徳授業レシピ

著者 浅見 哲也 著
販売価格2,310 (税込)
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令和の道徳授業の一丁目一番地
文部科学省教科調査官初の単著

この一冊で、価値の押し付けや登場人物の心情読解に終止する授業からの転換!


平成30年に小学校、平成31年に中学校で全面実施された「特別の教科 道徳」。
全国各地で、道徳科では真新しい「問題解決的な学習」等の指導方法の研究に火が付いています。


道徳科の目的は、子供たちがよりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと。
人間の弱さなどに触れ、迷いながらも、その弱さを乗り越えようとする心を自分の中に確かめながら考えていくことが大切です。


・「考え、議論する道徳」を目指すために必要なことは何か。
・学校全体の道徳教育と、道徳科の授業の結び付きを強め、子供たちの目の前の姿に合わせた授業づくりはどのようにするか。
・子供たちが自らの成長を実感でき、勇気付けられる評価に必要なことって?

こうしたお悩みに、熱いフレーズと丁寧な解説・指導に定評のある著者が徹底的に解説しています。
道徳教育の歴史、教科化に込められた思い、評価など、渾身の一冊であります。


また、実践編には『かぼちゃのつる』や『二人の弟子』など小学校低・中・高・中学校のこだわりの授業づくりを8例掲載しています。



そして第七章には未来の道徳。変わりゆく時代を切り開く子供たちにとって、道徳の授業がどのようなものであってほしいか、著者の思いを収録しています。




心を込めた授業を子供たちにプレゼントしたい。そんな先生方におすすめの一冊です。
あなたは、どんな授業がお好みですか?






自分の考えを基にして、友達と話し合いながら交流することを通して、より正しい「心のものさし」をつくっていこうという学びが道徳科の授業だと言えるのかもしれない。
―「はじめに」より


授業は、教師の敷いたレールに子供を乗せて進められれば、教師も安心して授業が進められるでしょう。しかし、道徳科の授業の醍醐味は、子供の素直な気持ちや豊かな発想にちょっとしたスリルを感じながら、教師も子供と共に学び、新たな気付きや変容を感じるところにあります。そんな醍醐味に楽しさを感じられるゆとりをもって授業に臨んでみませんか。道徳科は毎時間がメイク・ドラマです。
―第六章「道徳科の授業構想」より

 

はじめに

○ラーメンとカレーライス
 道徳科の授業づくりをレシピに例えようと思いました。そのきっかけは、私の大好物であるラーメンとカレーライスにあります。
 「ラーメン」という言葉からは「中華」を連想させますが、今やラーメンは日本を代表する食べ物としてお寿司や天ぷらと同じくらいに知名度があり、外国から日本を訪れる多くの方々に好んで食されています。醤油、味噌、塩、豚骨、魚介など、各店主の麺やスープへのこだわりは奥が深く、絶え間ない努力によって生み出された味は、並んででも食べたいというお客さんの心をしっかりと掴んでいます。麺の素材や太さへのこだわり、スープの出汁の取り方など、ラーメン一杯に手間暇かけることを惜しまず、研究されてきた至極の一杯とも言えるでしょう。
 一方「カレー」という言葉からは「インド」を連想させますが、今やカレーは学校給食でも子供たちの人気の定番メニューです。日本の多くの家庭でも頻繁に食されています。カレーのルーはラーメンのようにはっきりと味の違いは示されていませんが、その隠し味としてどんなものがルーに溶け込んでいるのかは、もはや、りんごとハチミツに止まらず、ラーメンのスープに勝るとも劣りません。先日、友人に、インド旅行のお土産にカレー(カリー?)をいただきました。早速食べてみたのですが、独特の香辛料と刺激の強い辛さで、日本で食べ慣れているカレーとはだいぶ味が異なっていました。日本では、本場の味を大切にしながらも日本人の好みに合わせて改良されたに違いありません。だからこそ、日本の食卓にも頻繁に顔を出すようになったと思います。
 ラーメンは麺とスープ、カレーはご飯とルーが合わさって作られるところが似ているかもしれません。そして、肉や野菜などの具材が入れられて完成します。どちらにもこのような一般的な型はあるのですが、どのお店でもどの家庭でも、同じ味は一つもありません。お店では店主がこだわりの味をお客様に提供し、家庭では食べる人に合わせて味を調えています。
 さて、そろそろ道徳科の話に移らないとこれは何の本だか分からなくなりますね。しかし、この本を手に取って、今、こうして読んでくださっている皆さんには、ラーメンやカレーライスと道徳の授業の共通点が見えてきていることと思います。せっかく膨らみかけてきた道徳の授業のイメージがしぼんでしまわないように、敢えてここではその説明を避けたいと思います。
 さあ、「こだわりの道徳授業レシピ」~あなたはどんな授業がお好みですか?~のはじまりです。 お腹をすかせた子供たちに、切り目を入れたり、まぶしてもんだり、下ごしらえをしてじっくり寝かせた食材を、今度はじっくりコトコト煮込んだり、きつね色になるまでこんがり焼いたり、あるときは人肌くらいまで冷ましたり、香りを出したり、とろみをつけたりして、あなたにしか作れない愛情のこもったお料理をご馳走しませんか。それから、どのように極上のお料理を子供たちに提供するのか、そのシチュエーションなども大いに楽しんでください。しかし、楽しみすぎてその目的を忘れてしまってはいけません。目的は、心を込めてこしらえたお料理を食べた子供たちが、健康で明るく元気になることです。


手段が目的になると趣味になる
手段が目的に向かうとプロになる。


○平成から令和へ
 昭和33年9月に道徳の時間が特設されてから60年の月日を経て道徳が教科化された。歴史上の大きな転換である。平成27年3月27日に特別の教科 道徳(以下、道徳科という)が誕生すると、小学校では平成30年度からの全面実施を待たずして、道徳科では真新しい「問題解決的な学習」等の指導方法に火が付いた。質の高い多様な指導方法が国の方から例示されたのは、これまでに無かったことである。それだけ、授業の質的転換を図ろうする思いが伝わってくる。そして、全面実施を迎える頃には、道徳科の評価はどのように表記すればよいのかが話題の中心になった。 平成30年度、平成の最後の年に小学校で道徳科がスタートした。私は、全国で開催される研修会や研究会、大会に参加させていただき、これまで以上に先生方の道徳科に対する関心の高まりを肌で感じることができた。そして、何と言っても素晴らしいと思ったのは、子供を見取る評価に目が向けられた先生方が、そのような評価ができるような授業を行おうと、早くも授業の質的転換に舵を切り替えて努力されているところである。また、参観させていただく授業では、「第○回 道徳」と黒板に表示されていたり、教室の側面には、これまで行ってきた授業の足跡が掲示されていたり、さらには毎時間の板書が残されていたりもるする。教科化され教科書が使用されるようになったこともあり、これまで以上に着実に道徳科の授業が行われている様子を感じることができる。
 道徳科の子供の評価については、各学校でいわゆる通知表に記述で記録に残し、家庭に伝えている。その通知表の評価を見た保護者や子供からは、「先生は授業でこんなところまで見てくれていたんだ」という声もあり、先生方が思いを込めて表記した道徳科の評価が、子供一人一人のよさを認め、励まし、勇気付けていただいていることに、道徳科の評価の手応えを感じ始めたところである。平成最後の年、全国の先生方の勤勉さと絶え間ない努力によって、道徳科が力強くその一歩を踏み出した。
 そして、時代は平成から令和へと移り変わり、令和元年度は小学校に続いて中学校でも道徳科がスタートした。これまで、中学校の道徳の時間の授業では、小学校以上に教師の自作資料を使った授業が行われていた傾向がある。それは、生徒の興味や関心を高めるための工夫であった。しかし、毎時間そのような資料を用意できるものではない。生徒の実態に即した適切な資料が用意できないから年間35時間の授業を行うことが難しいという声も聞いたことがある。そして今回、道徳が教科化され、子供一人一人に一冊の教科書が行き渡った。これからは教科書が主たる教材となって授業を行うことになる。果たして、どのような授業になっていくのだろうか。
 小学校の先生方と比べると、中学校の先生方は、それぞれが専門の教科を担当しており、その教科について研修する機会には恵まれていたとしても、道徳科については、校内の研究課題にでもなっていなければ、自ら学ぶ機会を見付けようとしない限りはなかなか学ぶことができないのが実情である。4月から教科書の読み物教材等を活用して授業を行おうとすると、もしかしたら、これまでの小学校の道徳の時間の授業でよく課題として取り上げられていた、登場人物の心情理解のみに終始するような授業になってしまわないだろうか。また、生徒の発達の段階からして、自分の考えを人前で発言することが難しくなる傾向があるので、授業で生徒は発言しないものと教師が勝手に決めつけて、教師が一方的に話をしたり、全ての発問に対して書かせるようなワークシートを用意して授業を進めてはいないだろうか。これでは対話的な学びが難しく、生徒が自分に閉じこもり、多面的・多角的に考えることもできない。そればかりか、ワークシートには教師が用意した発問というレールが敷かれてしまっているので、そのレールから脱線することもできない。分かりきったことを言わせたり書かせたりすることに終始するような、生徒にしてみればつまらない授業になってしまう。
 中学校の先生方の素晴らしいところは、小学校以上に学年主任を中心としたまとまりで学年を運営すること。それは、子供の実態を皆で共有することができているということである。また、道徳科に限らず、専門の教科の教材に対する熱心な分析力にあると思う。その利点を大いに生かして、専門とする教科指導の特性を生かしたら、どのような道徳科の授業が展開できるのか、生徒のためになり、共に生き方を考えられる道徳科の授業に追求していただきたいと思う。

 さて、小学校でも中学校でも道徳科が全面実施され、授業についての研究や研修が主となっている。すると、どうしても全教育活動を通じて行う道徳教育への意識がおろそかになってくる。本来、心の教育は、様々な体験などを通じて学んでいくものであり、小学校に入学する前の子供たちは、主に遊びを通して学んでいく。体験等から学ぶそのスタンスは小学生や中学生になっても変わらない。その心について学ぶ要となるのが道徳科の授業となるので、ややもすると心の教育が、道徳、そして、倫理や哲学という机上で学ぶ学問のようになってしまう。机の上で学ぶことにはどうしても限界があることを認識し、様々な体験から学び、全教育活動を通じて行う道徳教育のスタンスは今も昔も変わらないことをしっかりと受け止めなければならない。全教育活動を通じて行う道徳教育のよさは、道徳科の授業が一つの主題について考えることが一般的であるのに対して、道徳教育は全教育活動という大きな範囲の中で、子供たちが自然な形で自分にとって大切だと思える道徳的価値を見付け出し、道徳性を自ら養っていけるところにある。何か問題にぶつかったときには、自分事として受け止め、様々な状況を考えて判断していく。もちろん失敗することも多いのが子供である。小中学校の子供たち一人一人がもっている「心のものさし」は、各個人の持ち物なので、目盛りの項目も、自分のこと、相手のこと、集団のこと、人間には力が及ばないことなど、それぞれ異なり、その人の目盛りの幅もその時々で変わることもある。だから、物事や事象をなかなか正しく計ることはできないし、そのような「心のものさし」を使って生きているからこそ、間違うことや失敗することもよくあるのは当然である。そこで、自分の考えを基にして、友達と話し合いながら交流することを通して、より正しい「心のものさし」をつくっていこうという学びが道徳科の授業だと言えるのかもしれない。


「あなたの心のものさしと、わたしの心のものさしを、ちょっと比べてみない?」
「今度の道徳科の授業で…」


 小学校でも中学校でも道徳科が始まった。新しい時代の幕が開いた。

こだわりの道徳授業レシピ

著者 浅見 哲也 著
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著者 浅見 哲也 著
読者対象 小・中
出版年月 2020-03-12
判型 A5
ページ数 250
ISBN 9784491040400
在庫 在庫あり

第Ⅰ章 道徳科の目標
第Ⅱ章 道徳科の学習活動
第Ⅲ章 道徳科の質的転換
第Ⅳ章 道徳科の指導方法
第Ⅴ章 道徳科の評価
第Ⅵ章 道徳科の授業構想
低学年:『かぼちゃのつる』『およげないりすさん』
中学年:『よわむし太郎』『心と心のあく手』
高学年:『手品師』『ブランコ乗りとピエロ』
中学生:『二つの手紙』『二人の弟子』
第Ⅶ章 道徳科の未来

浅見哲也 Asami Tetsuya

文部科学省 初等中等教育局 教育課程課 教科調査官

国立教育政策研究所 教育課程研究センター 研究開発部 教育課程調査官

1967年埼玉県生まれ。1990年より、埼玉県熊谷市及び深谷市内公立小学校教諭、

埼玉県教育局県立学校部生徒指導課指導主事、深谷市教育委員会学校教育課課長補佐兼指導主事、

深谷市内公立小学校教頭、小学校長兼幼稚園長を経て、2017年より現職。

どの立場でも道徳の授業をし続け、今なお子供との深い学びを楽しむ道徳授業を追求中。

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