生徒に一生涯の幸せを与える学級経営
生徒に一生涯の幸せを与える学級経営

生徒に一生涯の幸せを与える学級経営

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西川 純/著

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西川純先生による待望の中学・高校の学級経営本!

生徒のことをどこまで考えればいいのでしょうか

小学校の教師は1年単位で考えます。1年後の子どもをイメージして指導します。
中学校、高校の教師は学年団を組み、3年単位で生徒の成長をイメージします。
最終的には小学校の教師は、子どもを中学生にすることを目標として、中学校進学後は中学校の先生に託します。同じように中学校の教師は、生徒を高校生にすることを目標として、高校進学後は高校の先生に託します。高校の教師は、生徒を就職・進学させることを目標として、卒業後は企業や大学に託します。
ですから、生徒たちが50歳、60歳、70歳になったときの幸せを、今自分が行っている教育に結びつけることはありません。今教えていることが来年の学習につながり、今の学級経営が来年の学級経営につながることをイメージしています。
では、生徒たちの一生涯を考えて学級経営をすると、どうなるのでしょうか。生徒たちが50歳、60歳、70歳になったときの幸せにつながることを、明確にイメージするためにはどうすればよいでしょうか。

学級経営はいつやりますか

学級経営を「いつ」やるかと聞けば、特別活動を通してと答える人が多いと思います。具体的場面としては、学級活動、生徒会活動、学校行事の集団活動が挙げられます。
しかし、週1時間程度、朝10分程度の学級活動、生徒会活動、また、年に数回の学校行事で学級経営ができるでしょうか。おそらく、クラスの生徒の8割程度の生徒が集団となるのであれば、十分に可能だと思います。しかし、あと1割の生徒を集団に取り込み、9割の生徒を集団にするのには足りないでしょう。そして、最後の数人の生徒を取り込むには全く少なすぎます。

では、どれほどの時間が必要でしょうか? そして、いつやったらいいでしょうか?
生徒が過ごす時間の大部分は、教科学習の時間です。その時間を使って学級経営すべきです。確かに、涙を誘う物語文の単元、社会の近代民主主義の単元、理科の動物の単元だったら、学級経営につなげることもできるかもしれません。しかし、「動詞の活用」という文法を学びながら学級経営はできるのでしょうか? 天体の相対運動を学びながら学級経営はできるのでしょうか?

できます。扱う教材を通して学級経営をするのではなく、扱う教材を「望ましい集団活動」を通して学べば学級経営につなげることができます。
思い出してください。試験前に友達同士が集まって勉強したことがあると思います。そのときの様子は教科によって違いはありましたか? なかったと思います。結局、「これ分からないけど、教えて」「いいよ、これはね~○○○」「分かった、ありがとう」の積み上げだったと思います。クラスのみんなが支え合い、全員が分かる授業を組み立てれば、自ずと学級経営になるのです。

なぜ、学級崩壊が起こるのか

学級崩壊が起こったとき、先頭に立って教師に反発する生徒が原因だと思い、その子に対して対策を考えます。しかし、原因は違うところにあります。
学級崩壊は、数人の生徒が教師に反発する状態ではありません。クラスのみんなが反発する状態です。先頭に立って教師に暴言を吐く生徒たちに、クラスのみんなを動かす力があるでしょうか? ありません。彼らは、学級崩壊前には「ダメな子」と多くの生徒から思われる子だと思います。しかし、学級崩壊は、崩壊している状態でも、そこそこは勉強している「よい子」の叛乱なのです。

分かりやすく、職員室を例に挙げましょう。校長から職員会議でいろいろな話があったとき、それを理解できている人は職員の中で何割ぐらいだと思いますか? おそらく2割弱だと思います。大多数の職員は聞き流しています。そして、会議が終わったら特定の教師(理解できているであろう2割弱の教師)に近づき、「結局、どうすればいいの?」と聞きます。

一部の教師が校長の意図を理解し、大部分の教師に翻訳しているのです。校長の判断基準が複雑であった場合、校長の意図を読み間違うことをします。特定の教師がまわりの教師に「これこれすればいいのよ」と伝えたが、校長が「私はそんなこと言っていない。私が求めているのは……」と言ったらどうなるでしょう。こんなことが何度も続けば、特定の教師はまわりの教師に伝えることをやめるでしょう。そして、「いいのよ、適当にやれば」と言うようになります。それによって大多数の教師が校長を低く評価します。そうなると、校長に反発していた教師が職員会議で公然と反発するようになります。なぜなら、教師のほとんどが机の下で拍手しているのを知っているからです。
これと同じことが教室で起こったのが、学級崩壊です。

小学校で学級崩壊が起こる事例のかなりの割合を占めているのは、低学年の担任を長く務めた教師が高学年を担任したときです。低学年の場合、説得する必要がなく、一つ一つの指示を与えても従ってくれます。そのため指示を与えるときに、あまり考えずに指示をします。高学年になれば、やるべきことの表面ではなく、その意図を理解し、正しく行動したいと考えます。ところが教師に確固たる意図がなければ、理解できないのは当然です。この構造が見えておらず、先頭に立って反発している子が原因だと思い手立てをするから、その手立てがことごとく失敗してしまうのです。

『学び合い』から考える生徒が幸せになる方法

では、どうすればよいのでしょうか。
キーワードは「一人も見捨てないクラスづくり」です。
協働的な学習によって実現することを保護者や子どもに語り続けるのです。そうすれば、クラスをリードする2割弱の子どもが真面目に勉強するようになり、中間層の7割強の子も勉強するようになります。そして、崩壊の中心になっていた2割弱の子もとりあえず席に座るようになります。やがて協働的な学習を通して、そのような子たちも学びの輪の中に入るようになります。

本書は、『学び合い』を軸に、生徒の一生涯の幸せを考える学級経営本となっています。 学級経営の本には、「中学生は○○だから(例えば思春期だから)○○ということが大事だ」と書かれていると思います。
しかし、『学び合い』では、一人一人は個性的で一括して語ることができないと考えます。つまり、子どもという子どもはいないし、生徒という生徒はいません。目の前の生徒を見回してください。全員に当てはまるようなもの、何かありますか?
いや、半数に当てはまるようなものがありますか?
また「アスペルガータイプの生徒がいたときの学級経営はこうすべきだ」と書かれている本もあります。しかし、アスペルガータイプの特徴と書かれているものは、アスペルガータイプの一定数以上に共通する特徴です(つまり全員ではありません)。そして、それらは一人の生徒の特徴のごくごく一部を占めているにすぎません。

結局、子ども一人一人へのアプローチは、一人一人オーダーメイドするしかないのです。これは一人の教師では絶対にできません。だから、一人一人へのアプローチは生徒同士の関わりの中で形成されるべきものだと考えます。
『学び合い』では、生徒たちを凝縮力のある有機的な集団にします。そのような集団であれば、その挙動を予測し、コントロールすることは可能です。だから、本書において「中学生は○○だから(例えば思春期だから)○○ということが大事だ」というようなことは書いていません。その代わりに、集団にはどのような構造があり、挙動があるかを説明しています。

そして、生徒の一生涯を考えたときに、教師はどのようなことを生徒に話し、どのような力を身に付けさせるべきかを述べています。
『学び合い』を通して生徒の一生涯の幸せ考えることで、生徒と新しいクラスを創っていきましょう!

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