地域づくりと社会教育的価値の創造
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商品説明
「地域づくり」は,現安倍政権下の中でももっとも重要な政策的課題(「地域創生」政策)である。それは社会教育の政策的課題にもなっている。しかし,「地域づくり」とは何か。「地域づくり」に社会教育はどのような貢献をすることができるのか。社会教育的アプローチの固有の課題と方法とはどのようなものか。あるいは,これまで前提としてきた社会教育の概念や価値そして理論的課題にどのような再検討が求められているのか。こうした諸点は詰められた議論が行われていない。
社会教育学会は,プロジェクト研究として取組む中で,これらの諸点について改めて議論の深めることにした。本年報は,この研究報告を総括した成果である。国際的な視野から見れば,World Bank(世界銀行)やUNDP(国際連合開発計画) などの国際機関においても「地域づくり」は重要な政策的課題となっている。このアプローチとして提唱されているのが,community capacity building or development などの実践と研究である。このアプローチでは地域社会にある既存のキャパシティの要素に注目して,当事者たちの自主的で主体的な参画を促しつつ,この力を高めるための取組みを進めるとともに,これを保証する政策や制度をつくることがめざされる。
しかし,それは国レベルの政策や制度の転換を図るマクロなアプローチであり,より小地域でのキャパシティをどのように高めるのか,という課題に応える視点や方法論をもちえていない。中範囲の領域として地域社会を考えれば,キャパシティを構成する諸個人,諸個人及びそのネットワークのエンパワーメントをいかに図るのか,という点が理論と実践において解明すべき点である。教育的アプローチの構築が必要な理由もここにある。日本の社会教育学研究に転じると「地域づくり」をめぐっては比較的多くの研究がある。ある意味で,意識するしないにかかわらず,そのほとんどが地域づくりに関係する事例研究として研究の対象になるだろう。しかし,ここで大切なことは,以下の課題を意識的に念頭に置いた研究の展開であろう。
第1 に,地方改良運動,経済更生運動などを見てもわかるように,「地域づくり」は社会教育政策と結びついて支配の再編の手段として機能してきた側面があり,市民の主体的・能動的参加を促す面を含みつつも両義的である。歴史的に遡及する必要はないが,この地域づくり政策の二重性,一面では,地域支配の再編のプロセスであり,他面,新たな価値や理念を内包する地域社会の暮らしのあり方を実現する契機を含む住民の主体的な参加の過程として捉えられる。したがって,政策そのものの批判的検討がまずもって取り上げられるべきだろう。さらには,どのような地域社会をめざすのか,という将来社会論を展望する議論も欠かせないものとなろう。ところが,これら二つの点を踏まえようとする研究はほとんど見られない。
第2 に,研究の多くは,すぐれた事例と主観的に評価する実践の紹介にとどまっている。なぜ,「すぐれた実践」と言いうるのか。いかにその実践をつくることができるのか。社会教育の理論と実践がどのような意味をもつのか。このような視点からの検討は十分ではない。さらには,「地域づくり」の取組みの教育的意義を明らかにするためには,この運動の中での学習のプロセスを明らかにする必要がある。したがって,これも学会で進められてきた学習論の転換をめぐる検討を,教室という場から解放し,住民の社会的活動への参加を捉えるものとして発展させることも必要となる。ノンフォーマル・エデュケーションをおもに取り上げるべきなのか,あるいはインフォーマル・エデュケーションを含むものとして考えるべきなのか。何を学習として捉えることができるのか。これらの検討も改めて必要となろう。
第3 に,地域づくりへの社会教育的研究の切り口をどう設定しうるのかという点である。「周縁性」からという場合,産業的な衰退地区や挙家離村をへて解体しつつある農山村及び地方都市の状況をどのように位置付けるのか。さらに「周縁性」という場合,一人暮らし高齢者や障碍者,外国籍市民など社会的にバルネラブルな人たちを包摂する地域づくりのあり方が念頭に置かれるべきだろう。さらに,新しい暮らしのあり方を考えると,生産・労働という面ばかりでなく,地域に根づいた伝統文化や生活文化にいたる多様な契機をとおした地域づくりの取組みが念頭に置かれるべきであろう。
プロジェクト研究を推進するに当たっては,地域づくりという視点から社会教育の概念をどう再検討すべきなのか。社会教育の価値とは何か。それをどう再創造すべきなのか。公民館をはじめとする社会教育施設, 及びそこで働く職員たちはどのような役割を果たすべきであるのか。こうした諸点を意識しつつ研究を進めてきた。プロジェクト研究の3 年間にわたる推進を通して,これらの諸点に決着をつけることができたとはとても言い得ないが,この年報を通して,さらなる議論が展開されることを期待したい。社会教育的価値の創造は,地域づくりの課題でもあり,かつ学会に課せられた使命でもあろう。
-----------------------------本書「まえがき」より