ワークライフバランス時代における社会教育

ワークライフバランス時代における社会教育

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日本社会教育学会/編

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奇しくもパンデミックが明らかにしたように,労働と生活をめぐる課題は,働いているか否か,家族がいるか否かを問わず,あらゆる人を巻き込み,誰しもを当事者にする。本書では,ワークライフバランスを多義的なまま用いることで,それぞれの研究枠組みや対象とした実践から見える労働と生活の実際を豊かに反映させることを企図する。そのような多義的で,曖昧な,豊かさからこそ,誰もが当事者となり,その当事者が出会い,実際生活の矛盾や葛藤に向き合い得る社会教育のこれからが見出せよう。

本書「まえがき」より抜粋

 

 

まえがき

 ワークライフバランスは,21世紀に入って登場した用語である。高度経済成長期に形成された労働と生活の「標準形」は,1990年代以降に解体が進み,今日では,形式的には働き方・生き方をめぐる多様な選択が可能になった。一方で,このような選択について,労働と生活のそれぞれを自己の責任と能力で個別に担うことが要求されるようにもなった。
 この流れの中で,ワークライフバランスの実現は政策課題として提示され,わたしたちは自らの労働と生活に関わる現況への対応を迫られることになった。2007年に策定された「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)憲章」(内閣府)は,その調和が実現した社会として,以下三点を示した。第一に「経済的自立を必要とする者,とりわけ若者がいきいきと働くことができ,かつ,経済的に自立可能な働き方ができ,結婚や子育てに関する希望の実現などに向けて,暮らしの経済的基盤が確保できる」社会,第二に
「働く人々の健康が保持され,家族・友人などとの充実した時間,自己啓発や地域活動への参加のための時間などを持てる豊かな生活ができる」社会,第三に「性や年齢などにかかわらず,誰もが自らの意欲と能力を持って様々な働き方や生き方に挑戦できる機会が提供されており,子育てや親の介護が必要な時期など個人の置かれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択でき,しかも公正な処遇が確保されている」社会の実現である。
 政策理念としてあったワークライフバランスは,同憲章からからまもなく15年を迎える今日までの間に,わたしたちの家庭や職場や地域で,多様に求められることによって定着した。たとえば,それは,職場における長時間労働の是正,仕事と家事・育児の両立を推し進めたり,家庭に父親を呼び戻したり,若年層が就職活動のなかで就職先選択に重視する点となるに至った。
このように見ると,ワークライフバランスが個人的な要望であり,かつ,社会的な要請としてある2000年代以降については,ワークライフバランス時代と捉えることができよう。
 

 本書はこの時代において,まさに,個人の要望と社会の要請に応える社会教育の研究と実践がどのように労働と生活をめぐる矛盾と葛藤に向き合うことができるのか,その意義と可能性を問うものである。このために,本書は以下の3 部,すなわち,ワークライフバランス時代の背景や特徴について複数の観点から問い直す第一部,これまでの社会教育研究で取り上げられてきた対象や実践の再検討・再評価を行う第二部,労働と生活の変容を踏まえて社会教育の課題や新たな可能性を探る第三部から構成される。
 具体的に,第一部ではまず,雇用や労働の観点(池谷論文),および,ライフとしての家族の観点(冨永論文)から,制度政策や関連領域の研究レビューを通じて,それぞれの現状と課題が検討される。その上で,障害者とその母親のワークとライフへの着目から,健常者基準について問い直される(丸山論文)。さらに,リカレント教育をとりあげて過去と現在を結び,その今日的意義と日本の政策の状況についてスウェーデンとの対比から検討される(笹井論文)。
 続く第二部では,障害者の暮らしを支える主体の形成過程(橋田論文),ライフ・キャリアを支える支援のあり方(阿比留論文),社会教育職員として働く・生きる意味の獲得過程(井口・鈴木論文),女性管理職を対象とした研修とその空間の意味(堀本論文),生き方を問うことで労働と生活が創造されていく酪農の展開過程(河野論文)が取り上げられる。従前の社会教育(実践)についての再検討の成否は各論文をお読みいただきたいが,ここでは,これまでの社会教育研究ではまず並置されないであろう多様な対象や実践を,労働と生活を統合的にみるという観点から横刺すことを試みる。
 そして,第三部では,困難を抱えた女性を対象にした労働と生活をつないだ支援(野依論文),シングルファザーを当事者とする社会教育実践の実際とその意義(吉岡論文),学校教員の働き方を問い直す上で社会教育の経験がもつ可能性(飯島論文),U・I ターン者による移住先での労働と生活と地域が結びついた暮らしの創造と学習実践(生島論文),生活学習と労働学習を統合する学習論(鈴木論文)を通じて,社会教育のこれからが展望される。

 

 本年報は日本社会教育学会プロジェクト研究「ワークライフバランス時代における社会教育」(2017年10月~2020年9 月)の研究活動を軸にまとめられた。しかし,以上14本の論稿を通してみれば,社会教育研究としてのまとまりのなさやわかりにくさを感じる読者もあるかもしれない。たしかに本書のテーマは,日本社会教育学会内において,確固たる共通理解を得ているとは言いがたい。
 多様化と個別化を前提とするワークライフバランス時代において,社会教育を学習主体別で構想することには限界があり,また,公的社会教育のありようが大きく揺らぐなかで,その関与の有無や程度で社会教育の射程を問うこともますます困難になっている。この状況において社会教育の研究と実践を再構築するためには,これまでの豊かな蓄積に学びつつ,ある種のわかりやすさをも乗り越える新たな試みが幾重にも必要となる。
 奇しくもパンデミックが明らかにしたように,労働と生活をめぐる課題は,働いているか否か,家族がいるか否かを問わず,あらゆる人を巻き込み,誰しもを当事者にする。本書では,ワークライフバランスを多義的なまま用いることで,それぞれの研究枠組みや対象とした実践から見える労働と生活の実際を豊かに反映させることを企図する。そのような多義的で,曖昧な,豊かさからこそ,誰もが当事者となり,その当事者が出会い,実際生活の矛盾や葛藤に向き合い得る社会教育のこれからが見出せよう。
 最後に,本年報の刊行にご尽力いただいた東洋館出版社編集部の畑中潤様と大岩有理奈様に厚く御礼申し上げる。
2021年8 月
年報第65集編集委員会委員長 池谷美衣子

本書「まえがき」より

 

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