(マダガスカル)学校と家庭で違う公用語がもたらす学習の混乱――コロナ禍の日常

(マダガスカル)学校と家庭で違う公用語がもたらす学習の混乱――コロナ禍の日常 - 東洋館出版社

教育政策におけるコロナ対策

マダガスカルでは2020年3月20日にCOVID-19の最初の症例が報告され、当日から15日間緊急事態宣言が出された。首都アンタナナリボをはじめとする感染者が多い地域では、学校が閉鎖され、外出禁止令が出された。現在までの感染者数は63,791人で、死亡者は1,373人である。注1

一方で、大規模な私立学校の中でも、緊急事態の間、オンラインで教育を継続できた学校はごくわずかだった。他方では政府は、生徒の自己学習のためのコンテンツを作成するために経験のある教師を募集し注2、ラジオやテレビの番組を制作した。小学校の4年生までにはフランス語、算数、マダガスカル語の3つの基礎科目の番組を提供し、小学校と中学校の最終学年にはすべての科目を提供した。ラジオ番組は小学生と中学生向けは週4回、合計で2時間、高校生向けは週2回、合計1時間で、国営ラジオで放送された。最終学年の生徒はさらに30分の放送時間を得た。テレビの番組は主に国家修了試験の対策であるが、放送した後、YouTubeやFacebookで、広く発信された。

ラベ家の事例

公立小学校に通うラベ家の一番上の3人の兄弟とその母親を対象にオンラインでインタビューを行った。ラベ家は7人家族で、4人の娘と1人の息子がいる。父親のラザ(44歳)は自営業で、母親のミラナ(34歳)は専業主婦である。母親は英語教師として大学を卒業したが、子どもたちの世話をするために働かないことにした。

子どもたちの日常

長女のミサは11歳で、現在中学1年生、長男のハリは10歳で小学5年生、次女のファラは8歳で小学3年生である。コロナ禍が始まった2020年3月は、2学期の終わりで、3人とも公立の小学校に通っていた。

彼らの通う公立学校では、大規模の私立学校と違い、オンライン教育を受ける手段がなかった。ラジオ、テレビ、インターネットがあれば、政府が提供するテレビやラジオの番組に頼って勉強しなければならなかった。ミサ、ハリ、ファラの3人は家にいて、テレビや教育省のFacebookページでそのような番組を見ていたが、あまり興味を示さなかった。母親も家で教える時間があり、子どもはそれで十分だと思っていたそうである。ちなみにラべ家のような環境がなければ勉強の機会を得ることは困難だった。

なんとか教科書を入手――手探りの家庭教育

ラべ家の子どもたちは毎朝7時に起床し、ハリは朝食を買いに行き、朝ごはんを食べた後、歯を磨いたり、掃除したりする。ミサは母と昼食の準備を手伝い、米を炊いたり、おかずの下準備をしたりする。ファラは2人の妹の面倒を見ている。10時から12時まで勉強して、昼ご飯を食べて、一休みして、近所の子どもたちと外で遊ぶ。夕方「日が暮れたときに」家に戻ってきて、勉強するか、アニメを見るか。勉強とアニメが対等になるが、それはフランス語、たまに英語のアニメであり、勉強の一部とされている。

子どもたちが学校に行かなくなってからは、母親のミラナが教えた。普段入手できない、シラバスに沿った教科書を古本屋で買い、インターネットで教材を探し出した。「買った本は基本的に売っていません。学生も普段持っていません。それを使って家で子どもたちに教えています」。政府のテレビ番組について、ミラナは質には満足していなかったが、「試験に出るかもしれない」ということが、子どもたちに見続けさせる1つの動機になったという。

ファラとハリは家での母親の教え方を楽しんでいたが、長女のミサは「お母さんだと、なんでもマダガスカル語で説明されるので長すぎて嫌でした。学校では、先生がフランス語で説明してくれますし、たくさん話さないので、覚えやすいです」と言っていた。しかし、彼女は教師が「学校でタバコ」を吸ったり、生徒が「いけない言葉」を言ったりするなど、学校の環境に不満を感じた。実は、そのような学校の生徒の多くは、社会的厳しい環境にいる人々の子どもであり、ミサ、ハリ、ファラの3人は、同級生に比べて恵まれた環境にあり、異文化の中で育っているように考えられる。

“家での時間割”を改善

外出禁止令の中で、ミラナは新しい生活スタイルを確立し、子どもたちが勉強したり、遊んだり、家の手伝いをしたりできるような時間割を作った。「朝は家事を手伝い、子どもたちはそれぞれ特定の家事を分担します。10時になると勉強を始め、12時半のランチタイムまで勉強し、休憩を挟んで午後3時まで勉強し、その後は午後6時まで自由に遊びます。夕方になると、コンピューターでアニメを見たり、フランス語や英語を学んだりします」。子どもたちはこの期間を「長い休み」と考えており、「学校に戻りたがらない」という。マダガスカルの子どもたちは、学校が休みの時に、両親が仕事に出かけるため、家で子どもだけで過ごすことが多く、時間割はあまり決まっていない。ほとんどの時間を近隣の子どもたちと遊んで過ごすことが多い。

母親のミラナは、「外出禁止令が長かった最初の緊急事態が最も困難だった」と振り返る。「夫は働くことが許されず、私も仕事がなく、生活必需品の米もなく、学校も閉鎖され、家族を養うこと、子どもたちをコントロールすること、特に外に出ないようにすることが最も困難でした。」

マダガスカルの住居は大体2〜4つに分かれて、異なる家族が住んでおり、浴室やトイレ、庭などの設備は共有する。隣の子どもが庭で一緒に遊びに来るため、親は子どもたちがウイルスに感染することを心配している。

子どもたちの家事/家庭生活への意識の高まり

家族で過ごす時間が増えたことで、「家族の繋がりが強くなり、お互いに愛し合うようになりました。(中略)家族の交流の時間も増えました」(ミラナ)。例えば、家事の分担については、「子どもたちは起きたときに各自で自分のベッドを片付けますが、家事は私が最初に誰が何をするか提案します。子どもたちの間で交渉が始まり、最終的には私に報告します。交渉の結果、時間割を作成し、それに沿って全員の家事が割り当てられました」。マダガスカルにおいて、子どもというのは親の言うことを聞くだけで、親と子どもが対話する機会は少ないと考えられる。しかし、この事例では、子どもたちは議論して共通の合意を見つけるように促されている。

子どもたちが家事に理解を示すようになった。「例えば、床磨きが大変なことを理解し、家を大切にするようになりました。(中略)同様に、食事の準備 も簡単ではないことを理解しました」。より積極的に手伝うようになったという。ミラナによると、今年は子どもたち全員が学校に通うようになり、家事や食事の準備を一緒にしたがるようになり、家族の中での充実した時間が増えたと主張した。小さな子どもであれば自分が参加していないとき家事の大変さを意識することはほとんどないと考えられるが、この事例では、子どもを家事に参加させるのは、責任の取り方を教えるための母親の戦略の一つであった。

二つの公用言語による分断と母親頼みの教育

勉強とテレビ、特にアニメ等は勉強と対等に扱われているのはマダガスカルの教育では言語が非常に重要視されており、フランス語を知らなければ学校では生きていけないからである。フランス語は教育で重要な位置づけを持っているものの、テレビやインターネット等がなければ、日常生活ではめったに使わない言語である。親はフランス語ができれば、家ではフランス語で話す努力をするが、それができなければテレビに頼ること以外はない。この家庭にはたまたまテレビがあり、パソコンもあったが、普通の家庭にはない。そのような教育を家庭で受けながら、一番貧困層の生徒が通っている公立学校に通うと異文化を感じることは当たり前だと考えられる。

マダガスカルでは昔から母親が子どもの教育に重要な役割を果たすと考えられており、研究者はそれが子どもと過ごす時間によるものだとの仮説を立ててきた。コロナ禍の現状を見ると、子どもが家庭で勉強する際に母親は学びのタイミングを設定している。この家庭でも、父親は能力が母親と同じぐらいであるものの、子どもたちの教育にはあまり触れなかった。コロナ禍で経済的に困窮していたにもかかわらず、母親は子どもたちに十分な教育を与える方法を模索し、その結果に満足しているようである。