現在は小学校教員を辞め、新渡戸文化学園に勤めながら、VIVISTOPクルーという立場で仕事をしている山内佑輔さん。相手は小学生に限りません。中学・高校生、先生に保護者、新渡戸文化学園以外の子どもたちや、企業団体など、様々な人たちと一緒に活動し、創造性を生み出す場をつくっています。その山内さんから、創造性についてお話いただきます。
未来を創るのは、子どもたちの好奇心
VIVISTOPは、子どもたちが持つ好奇心とその可能性を信じるVIVITAが、それを最大限に広げるために運営している「クリエイティブ・フィールド」です。
VIVISTOPにはカリキュラムがなく、先生もいません。 ここは子どもたちがあらゆるものから解放され、自由に自分の好奇心や興味、やりたいことにとことん向き合い、突き詰めていくことのできる場所です。
子どもたちのアイデアを実現するための多様な機材やツール、素材の揃うこの環境で、アートやテクノロジーを活用し、世界各国にいる多様な人たちと共創しながら子どもたちが自分の可能性を信じ、未来を創っていくためのサポートをしています。
今の僕の仕事は新渡戸文化学園にあるVIVISTOPの運営です。授業で、放課後で、また土曜日などには地域に開いて、新渡戸文化学園の児童生徒ではない子どもたちとも一緒に活動をつくっています。
この回から、VIVISTOP NITOBEでの取り組みをヒト・モノ・コトそれぞれの視点から紹介していきますが、その前にまずはこの企画のタイトルにもなっている「創造creative」についてお話ししなければなりません。
僕はVIVISTOP NITOBEの立ち上げにゼロから携わり、今も試行錯誤しながら運営しています。この場はなんなのだろう。どう在ればいいのだろう。自分は何をしたいのだろう。ここに来る子どもたちは何がしたいのだろう。何を求められているのだろう。と、自問自答する毎日です。
その中で今日現在感じているこの場の1番の価値は「出会い」だと考えているのです。
VIVISTOPは〜、あるいはこうした取り組みをすれば〜こどもたちの創造力が高まります・引き出します・育みます。そういう表現を最近はしないようにしています。
こうすれば、創造力が高まる/引き出せる/育める、といった因果関係を明らかにするのは、非常に困難です。そもそも「創造力」とは何かという定義も曖昧です。
「創造性ってこうです」って定義した瞬間に、創造的じゃなくなってしまいますね。例えば「これとこれが満たされれば創造的ですよ」っていうと道筋が決まっちゃうわけです。すると「創造性のための方略」や「創造性のマニュアル」ができてしまいます。でも、それはおかしなことでしょう。そこで心理学の世界では、創造性の定義をあまりしないでおきましょうという暗黙の了解があるんです。
(クリエイティブ・オブ・コミュニティ 日本文教出版 奧村高明 有元典文 阿部慶賀 著より抜粋)
つまりVIVISTOP NITOBEにおいても、もしかしたら結果的に子どもたちの創造力が高まっているのかもしれませんが、それを狙えるような「創造性のための方略」や「創造性のマニュアル」はありません。
ではここで何をしているのかいうと、最近僕は「出会い」と「縁」をつくっているのだと考えています。
ヒトとの出会い。今までは気付かなかった自分との出会い。アイデアとの出会い。材料との出会い。道具との出会い。「やってみたい!」と思えるコトとの出会い。
VIVISTOP NITOBEでは、こうした「縁」で繋がって、何かが起きることがよくあります。
「このプロジェクトが生まれたのは、そもそも偶然○○さんと出会ったことから始まって・・・・」
「今作っているものは、なんとなく、材料を見ていたら思いついて。さらに○○くんがつくっていたものを偶然見る機会があって、その影響で・・・」
こんなやりとりは日常茶飯事です。
僕にしたって、「創造力なんてない」と思っていた自分が、たまたま図工専科教員になってしまったことから、それまでに出会うことがなかった、たくさんのヒト・モノ・コトとの縁で、結果的に今では「創造力はある!」と言えるくらいにまで変化できたのです。
この僕の例ももちろん「○○すれば、○○なる。」という誰しもが当てはまる方法ではありません。これで創造力が高まるなら、みんな図工の先生を経験すればいい、なんてことになってしまう!
VIVISTOP NITOBEに来たら、「たまたま」「偶然」にも「出会い」があって、だから結果的にこうなってしまった。
様々な人が、それぞれの方法で活動をつくり、結果的に「創造力僕にもあるかもね!」となってくれれば嬉しいし、「世界を変えられる!」と思って欲しいし、「世界を変えちゃったね!」なんて実感できちゃったら最高!
でもそのための創造力育成プログラムや、カリキュラムを、ここでつくっているわけではないのです。
さらに突っ込んで言うと、大人が子どもの創造力を高めると思っていませんし、大人が子どもに最良の出会いを提供するのだと考えている場所でもありません。大人が子どもに「〜させる」ではなく、「一緒にやろう。」なのです。ここでは大人と子どもが自然な共創関係でありたい。常にそう考えています。
VIVISTOP NITOBEに来たら、大人も子どもも「たまたま」「偶然」「出会い」があって、大人も子どもも一緒になって色々考えて、試して、こうなっちゃった!そういう場であるといいなと思っています。
「出会い」をつくり「縁」を起こす
大人と子どもが一緒に取り組むとは必ずしも「協働」を指すわけではありません。同じ場所で共にその時間を過ごすだけでも、互いに影響を与えあうことができます。
VIVISTOP NITOBEでは、教室や教科、学年など、
これまでの学校の仕組みを越え、
先生も生徒児童も、ともにつくり、ともに学びます。学校は学びの宝庫です。
授業も、休み時間も、放課後も。
VIVISTOP NITOBEでは、日常で生まれる「問い」や「興味」をさらに深めます。
もっと知りたい、もっとやってみたい、もっとつくりたい
アートやサイエンス、テクノロジーなどを活用し多様な価値観を持つ人たちと共創しながら、自分たちなりの思いを実現させる活動をつくります。(VIVISTOP NITOBEコンセプト VIVISTOP NITOBE HPより)
こうした実験的で挑戦的な取り組みを絶えず起こしていきたい。そのために「出会い」をつくり「縁」を起こしているのです。先に引用した本「クリエイティブ・オブ・コミュニティ」の中でも縁起という概念が紹介されています。「あまりに因果にこだわりすぎている」「学習を因果だけでなく縁起で取り戻す」これには共感しかありません。