「立体型板書」や「書かない板書」など、板書に関する提案で話題を集める沼田拓弥先生(東京都・八王子市立第三小学校)と、沼田先生が代表を務める「立体型板書研究会」による連載。
一人一台端末が普及した現在において、「板書」の役割を根底から見つめ直し、デジタルとアナログの効果的な融合を目指した実践を紹介していきます。
第3回は「書かない板書」について沼田先生が説明します。
「板書なのに、書かない?」と一見相反するように感じられるテーマですが、その真意には子どもたちと授業をつくるための沼田先生の授業観があります。
あえて黒板に書かないことを選択する。それが、子どもの思考を刺激するしかけになる。
第1回と第2回では、板書にどのような言葉や情報を「書き残す」のかに着目して、「立体型板書」の実践を紹介しました。今回は、少し違った発想から「板書」の可能性に迫ります。
板書に「書くこと」ではなく、「書かない」ことで子どもたちの言葉の力や思考を引き出す活用法について一緒に考えてみましょう。
「書き残す」ことで思考を整理する板書
これまでの板書を振り返ってみると、「黒板に何を書き残すか」を通して子どもたちの思考を整理してきたように思います。
板書を用いる時を頭に思い浮かべてみてください。まず、話し言葉ではすぐに消えてしまう言葉を可視化し、整理します。そして、書き残された言葉をつなげることで、それらの関係性を明らかにします。このように、板書を見ることで整理できる学びのプロセスは、着実に子どもたちの思考を耕し、全員が学習内容を理解するための土台になります。これは、学びを充実させるために欠かすことのできない大切な板書の活用法です。
また、板書を見れば「何を学んだのか」という授業内容も振り返ることができ、学びの実感をもたせるためのツールとして活用することもできます。
一方、このような「書くこと」による活用法だけでなく、もう一歩踏み込んだ学びへと向かうために私が提案したのが「書かない板書」です。
「書かない板書」とは、一言でいうならば、
板書に残された「余白」によって、思考を加速させる板書
です。 板書に「何を書き残すのか」を考えるのと同時に「あえて何を書かないのか」を考えることで、子どもたちの心に火をつけるしかけを生み出します。子どもたちの学びを「広げる」から「深める」へと向かわせるしかけとも言えます。
あえて書かないことで生じる黒板の「余白」が、新しい「気付き」や「発見」につながるのです。
例えば、「あの空いている部分には、何かが入りそう…」や「先生、黒板の◯◯と△△はつながると思います」といった子どもたちの声が聞こえてきます。このように、板書を見つめる子どもたちが思わず呟いてしまうのが「書かない板書」です。
「書かない板書」の2つの前提と4つの機能
「書かない板書」を効果的に活用するためには、以下のような「2つの前提と4つの機能」を意識する必要があります。
- 書く板書 (①確認、②選択・判断)
- 書かない板書 (①関連付け、②分類、③抽象化・具体化、④類推・添加・削除)
まずは「書かない板書」のしかけを働かせるための前提を整えます。これは「書く板書」として黒板に言葉を広げることで、情報を確認する活動です。そして、それらの情報をつなげながら学習を展開します。子どもたちの思考を十分に耕すことを重視します。その上で、あえて書かないというしかけを用いた授業展開へと進みます。この「書かない」しかけには、以下の4つの機能があると考えています。
- ①関連付け…言葉と言葉をつなげる機能。この関係性を発見する、結び付ける力を育てます。
- ②分類…言葉の枠組みを創る機能。言葉を比較し、関係付けたり、まとめたりする中で自らフレームを創り出す力を育てます。
- ③抽象化・具体化…言葉と言葉の関係を思考させる機能。対象の違いによって、言葉の関係性を捉える力を育てます。
- ④類推・添加・削除…新たな言葉を創造する機能。既存の情報の価値を判断し、取捨選択できる力を育てます。
3つの論理的思考力の「類推」との関連性
書かない板書」は、実はこれまで提案してきた「立体型板書」の発想の一部とも関連しています。それは、3つの論理的思考力の「類推」にあたる部分*です。
板書上に書き残された言葉を土台としながら、残された「余白」へ焦点化することで「類推」の思考を生み出します。
「書きすぎてしまう板書」を再考する
これまで「子どもの発言の何を書いて、何を書かないのかがわからない。つい全ての発言を書いてしまう」という先生方の声をたくさん耳にしてきました。黒板の限られたスペースや授業時間との兼ね合いから多くの先生が抱えている悩みではないでしょうか。しかし、これは、子どもたち一人ひとりを大切にしているからこそ悩む内容とも言えます。
そして、「黒板に言葉を残しておかないと本当に子どもたちが学習内容を理解してくれているのか不安」という声もよく聞きます。授業をする教師の正直な胸の内だと思います。たしかに、授業で扱った言葉を黒板に残すことは一つの安心材料になります。授業をデザインする側の精神面を支えているツールとも言えそうです。
「書かない板書」は、このような先生方の悩みを解決するためのヒントになるのではないかと思っています。「書かないことが思考を加速させる」という意識をもつことで「書きすぎてしまう板書」から脱却できるかもしれません。
「書かない板書」の国語授業(6年)
「書かない板書」の機能とその背景を理解していただいたところで、次は実際の授業からその効果に迫ります。
今回は「海の命」(6年・文学)を例に考えてみましょう。次の3枚の板書写真をご覧ください。
この授業は、太一、父、与吉じいさの「3人の海を比較することで学びを深める授業」です。
板書写真Aは、授業の導入部です。各場面が誰の海について描かれているかを確認しました。この後、3つの海を比較する際に、どこを見れば考えることができるのかを明らかにすることで、全員が思考を開始できる土台を整えます。
板書写真Bでは、板書を3つに区切り、それぞれの海に対する子どもたちの考えを整理しました。3人の海に対する子どもたち一人ひとりの解釈が表れます。言葉を色で囲んだり、矢印で結んだりすることで関係性を明らかにしていきます。十分に思考を耕したところで「書かない板書」の抽象化の機能を働かせます。
板書写真Cがその場面です。板書下部の「余白」を活用し、「それぞれの海を一言で表現するなら?」を考えます。ここまで「好きな理由」を表現することで具体的に考えてきた3つの海を一言の言葉に抽象化することで言葉の関係性を捉えました。
このように、板書上の「余白」が新たな思考のきっかけとなり、学びを一歩深めることができるのが「書かない板書」です。
一人一台端末を活用して「海」のイメージを捉える
デジタルの世界は、膨大な知識が溢れている「情報の海」といえます。それらの情報の中から自分に必要なものを適切に選び出す経験は、子どもたちの大きな学びになります。
そこで、今回、「書かない板書」によって深めた3人(太一、父、与吉じいさ)の海のイメージに合致する海の写真を探してみます。検索ワードに「海」と入れるだけで、様々な表情の海の画像と出会うことができるはずです。
それらの中から3枚の写真を選び、「なぜ、その写真がイメージにピッタリきたのか?」を説明する活動をしてみましょう。つまり、3人の海に対する解釈を1枚の写真にぎゅっと凝縮するということです。板書を通して議論してきた豊かな解釈があるからこそ、この活動の価値が高まります。単元終末の「考えの形成」として、学習レポートを書く活動を設定してもよいでしょう。
これまでの授業の解釈をベースに表現活動へと繋げる「アナログ×デジタル」の学習展開例です。これは、デジタルとのコラボ活動として、他教材でも応用できる内容ではないでしょうか。
次回、第4回からは、「立体型板書」研究会に所属する全国の先生方の日々の実践を通して、一人一台端末時代の「板書」について考えを深めていきます。楽しみにしていてください。
*「3つの論理的思考力」についての詳細は、本連載の第2回をご参照ください。
最後に、ここまで紹介した「立体型板書」と「羅列型板書」のどちらが見やすいかについて触れておきます。これは、一人ひとりの認知処理スタイル が大きく関わっていると考えています。
つまり、継次処理タイプか同時処理タイプかによって感じ方が変わってくるのです∗。
「立体型板書」は、黒板全体をダイナミックに使用するものが多いのです。継次処理タイプの子は、理解しづらいこともあるでしょう。そのため、途中で板書上の情報を時系列で確認しながら整理するという手立てが必要になります。この学習プロセスを順序立てて確認する時間をもつことが授業内容の理解を助けることにつながります。
このように、板書の際に大切なことは、教室にはどちらのタイプの子どもも必ず存在するということを意識して授業をすることです。
さて、今回は「立体型板書」が引き出す力について考えてみました。
板書でたどる思考プロセスが子どもたちの論理的思考力を育てます。私は、国語の授業で「立体型板書」を用いることが多いです。しかし、これまでも子どもたちは理科や算数等の他の教科でも、同じような考え方を用いて思考を整理する姿を見せてくれました。子どもたちは柔軟です。おもしろいと思ったものはどんどん自分の学びに活用します。
「立体型板書」は、論理的思考のプロセスをたどることを意識した板書です。この学び方をみんなで一緒に共有する中に、子どもたち一人ひとりの「個の成長」が生まれます。ぜひ、一度実践してみてください。
次回、第3回では、これまでの考え方からもう一歩踏み込んだ「書かない板書」について詳しく紹介します。
∗藤田和弘(2019)『「継次処理」と「同時処理」学び方の2つのタイプ』(図書文化社)に詳細が解説されています。参考にしてください。