中心人物は「月」?「楽器たち」? ~「こわれた千の楽器」(東京書籍4年上)より~

中心人物は「月」?「楽器たち」?  ~「こわれた千の楽器」(東京書籍4年上)より~

このwebマガジンも、おかげさまで2年目に入ることができました。
今年度は「問い」をテーマに、皆さんと一緒に学んでいきたいと思います。

【今回の「問い」】
中心人物が誰なのか、どうしたらわかるのだろう?
【習得を目指す力】
中心人物を特定することができる力

……新テーマのスタートに当たって

言うまでもないことですが、子どもたちが授業で学習したことを自分のものにできるかどうかは、子ども自身の意欲の有無が大きく関わっています。
教師から一方的に「これを覚えなさい」と言われたことと、子ども自身が自ら「知りたい、学びたい」と思って学習したこととでは、結果が大きく異なります。
私は、この「~したい」という子どもの願いや思いを生み、意欲的で主体的な学びを実現するために行うことを以下の3つに整理しています。

【課題】を与えること

「思考のズレ」を生じさせるための教師からの働きかけ

【思考のズレ】が生まれること

課題に対する答えを考える際に生じる、子ども同士の考えや答えのズレ。

子ども自身が【問い】をもてること

思考のズレを解決しようとする過程で整理・焦点化される、子ども自身の素朴な疑問や悩み

つまり、子ども自身が【問い】をもつためには、子どもの探究心をゆさぶる「思考のズレ」が必要であり、そのための教師の働きかけである【課題】が重要になるのです。

具体的に見ていきましょう。 今回とりあげる物語教材「こわれた千の楽器」の授業では、まず、次のような【課題】を投げかけます。

【課題】「こわれた千の楽器」を一文で書いてみよう。

一文で書くとは、物語を

(中心人物) が、

(事件・出来事) によって

(変容後のようす) になる話・する話

という形で表すことです。

この課題に対して、「こわれた千の楽器」では、以下の思考のズレが生まれます。

【思考のズレ】

「こわれた千の楽器たち」が中心人物子ども
   ↑
    ズレ
   ↓
「月」が中心人物だと考える子ども

「ズレ」を感じた子どもたちは、「どうして自分はそう考えたのか」を言いたくなります。 「中心人物は『月』じゃなくて『こわれた千の楽器たち』だよ。だってね……」 という具合です。 ここで最も大切なことは、「だってね……」です。 「だってね」の後には、理由の説明がきます。 しかも、「なんとなく、そう思ったから」では、考えの異なる相手に納得してもらうことができません。 相手に自分の考えを納得してもらえるだけの根拠のある説明が必要です。

根拠のある説明を行うことのできる読み――それが

「論理的な読み」

なのです。

子どもたちは何とか「ズレ」を解消しようと、説明のための根拠を探します。 この過程を通して子どもたちの中にわき上がってくるのが

子ども自身から生まれた【問い】 
中心人物が誰なのかは、どうやったらわかるのだろう?

なのです。 教師が押し付けた問題ではなく、【課題】をもとに子どもたち自身から生まれた【問い】だからこそ、子どもたちは「解決したい」という意欲をもって学習に取り組み、習得した力もしっかりと定着するのです。

それでは、「こわれた千の楽器」の授業を通して、問いの解決の実際の授業を見ていきましょう。
ここまで説明してきたように、今回は「こわれた千の楽器」の学習を通して、「物語の中心人物をとらえる力」の習得を目指します。

「物語は中心人物の変容を描いたもの」ということができます。
反対に言えば、物語の中で最も大きく変容している登場人物が、その物語の中心人物だということになります。
そこで、この物語の基本三部構成をとらえ、〈はじめ〉〈なか〉〈おわり〉の各部の登場人物の様子をとらえます。
※以下の〇番号は、教材文に付した番号であり、段落番号ではありません。

  主な叙述内容 登場人物
〈はじめ〉 ①~⑧
(設定の部分:物語の発端で本作品の状況説明)
ある大きな町のかたすみの楽器倉庫
チェロ
〈なか〉⑨~㊱ 
(山場の部分:変容に関わる事件・出来事が起こる)
「チェロ」の悲しみと楽器たちの悩み、 ビオラの名案「こわれた十の楽器で、一つの楽器になろう。」 、楽器たちの努力楽器たちの喜び 千の楽器
〈おわり〉㊲~㊷ クライマックスで「ああ、いいなあ。」(演奏による「月」の様子と心情の変化を表現している。)
千の楽器

以上のような基本三部構成から、「中心人物」を考えてみましょう。
前にも述べましたが、「中心人物」とは、物語の〈はじめ〉と〈おわり〉で変容した人物です。
〈はじめ〉には、「月」と「チェロ」が登場しますが、ほかの楽器たちは登場しません。
〈はじめ〉は「設定の部分」なので、ここに中心人物が登場しないということは考えられません。
もし「中心人物は『こわれた千の楽器たち』」だと考えると、〈はじめ〉に中心人物が登場しないことになってしまいます。
〈おわり〉では「千の楽器」の様子が描写されていますが、それ以上に「月」の様子が詳しく叙述されています。 このように見てくると、「こわれた千の楽器」の中心人物は「月」であることが見えてきます。

物語の中心人物は、語り手の視点からもとらえることができます。
「こわれた千の楽器」の語り手の視点を整理すると、次のようになります。

  語り手の視点 視点の種類
〈はじめ〉 「月」の立場から、月の言動と心を語っている。 三人称限定視点
ある特定の登場人物(視点人物)に寄り添って語る。視点人物が、見たこ と、聞いたこと、思ったことなどを語ったり、その場の状況を説明したり する。
〈なか〉 楽器たちに寄り添い、楽器たちの言動を語っている。しかし、楽器たちの心は語っていない。
また、すべての楽器たちの言葉の文末表現が、「~言いました。」となっており、それぞれの楽器たちの説明だけをしていることがわかる。
三人称客観視点
特定の人物ではなく、登場人物から距離を置いて客観的に語る。誰の心情も語らない。
〈おわり〉 「月」の立場から、月の言動と心を語っている。 三人称限定視点

以上のように「語り手の視点」から見てみても、「語り手」は「月」を中心として話を進めていることが分かる。
つまり、「こわれた千の楽器」は、「月」の、楽器たちに対する心の変容を中心とした話であることが分かります。
このことからも、本作品の中心人物は「月」だということが言えます。

最後に、あらためて「こわれた千の楽器」を一文で書いてみます。
「 が」にあたる部分は、これまでの読みで「月」だとわかったので、「月」が、何によって、どう変容したのかを入れていきます。
たとえば、次のようにまとめてみてはいかがでしょうか。

【「こわれた千の楽器」を一文で書くと・・・・・】

(チェロに失礼なことを言って、きまり悪そうにしていた)月 が、

(おたがいに足りないところをおぎない合っている)千の楽器たちの演奏を聴く ことによって、

「ああ、いいなあ。」と聞きほれてしまう 話。

最後の「 する話」の部分は、
「音楽におし上げられるように、空高く上がっていく話」
「うっとり聞きほれ、ときどき思い出しては、光の糸を大空いっぱいに吹き上げる話」
などでもよいでしょう。
中心人物である月の変容の様子がそこに現れていることが大切です。

物語とは、「中心人物の変容を描いた文章」ということができます。
作者が描こうとした「主題」は、中心人物の変容を通して描かれます。
したがって、中心人物を正しくとらえることが、国語の学習における物語の読みでは、不可欠です。

今回は中心人物をとらえるための具体的な方法として、「基本三部構成を手掛かりにする」「語り手の視点を手掛かりにする」という2つの方法を示しました。
これらを「子どもたちから生まれた問い」をスタート地点として学んでいくことによって、子どもたちは「中心人物をとらえる方法」を知るだけでなく、「物語を論理的に読むこと」の大切さを学んでいくことができるのです。