編んだ授業を、大人に伝える。具体編その1

編んだ授業を、大人に伝える。具体編その1

図工の価値と「楽しい!」を子どもに伝え、さらに豊かな学びとするため前回に引き続き「大人に伝える」をテーマに進めます。
今回はそのために山内先生が行ってきたことを、具体的にご紹介します。

僕は様々な媒体を使い、機会をとらえて、以下のことを伝えてきました。

図工は作品をつくるための教科ではない
そのプロセスが大事
プロセスの中に学びがたくさんある
その学びが起きている現場をリアルに届ける

僕が伝えたいのは、あくまで芸術・アートを手段とした教育方法の重要性です。
芸術・アートの意味や価値そのものについては語りません。僕のキャリア的にもそれは語れないのです。

大人の円滑なコミュニケーションのためのビジネス書『できる大人のモノの言い方大全』(話題の達人倶楽部編集、青春出版社)の中で、こんな言い換え術が紹介されています。

わけがわからない → 抽象的、芸術的
「わけがわからない」というのはコミュニケーションの拒絶です。
相手を傷つけない(時として喜ばせる)ためにしっかり言い換えましょう。

これは逆に解釈すると「芸術というものは、よくわからないもの」とも言えます。
芸術や美術史に関心があり、アートに親しんでいる人は、「なんだと!?」って怒るんじゃないかと少し心配になります。でもこの本の言い換えに、妙に納得する自分がいます

図工の先生になるまで、芸術・アートは僕にとって縁遠いものでした。芸術性なんて持ち合わせていないし、そうしたものを持っているのはどこか自分とは違う世界の人たちだと思っていました。
アートの世界にいる人から、いかにその重要性を説かれても、「いまいち腑に落ちない」、「しっくり来ない」、「現実味がない」と感じていました。

しかし最近はデザイン思考や、アート思考など、縁遠いと思っていた世界がビジネスパーソンでも役立つ考え方として広まり、ぐっと親近感を増している状況があります。

多くの人にとって「アートは身近ではなく、よくわからない。けれどアート思考なら仕事の役に立ちそうで、自分に近いのでは」こんな感覚ではないでしょうか。

そこで、図工を大人に伝える際も、アートそのものの意味や価値を伝えるのではなく、「図工で学んでいることは実際に日々の生活につながり、実学として意味や価値をもつ」ということを伝えるよう意識しました。

図工は、色彩感覚や表現技術などを学ぶ場です。そこに更にコミュニケーション、トライアンドエラー、共創(Co-Creation)など、今もこの先も、どんな場面でも生きてくる「大切なこと」を子どもたちは学んでいる!と伝えたいのです。
これら以外にも、他者理解、ダイバーシティ、ジェンダーやSDGsなど多岐にわたり、図工ではこれらを「教わる」のではなく「自らつくりながら学んでいく」のです。

子どもたちが「未来を創るために必要な、大切な考えを学んでいる」という実感を、作品のみから読み取るのは、ほぼ不可能です。学びは授業の中で起きているからです。作品はそれらを経て、生まれた結果でしかありません。だからこそプロセスを、学びの現場を周囲に丁寧に伝えていく必要があるのです。

そのために、主に5つのことを行ってきました。具体的にどのように伝えてきたのか、その方法をひとつずつ丁寧に解説します。

「大人に伝える」ために行った5つのこと

紙面での伝達

ブログの活用

保護者会、個人面談期間などの展示と解説

大人向けの図工の授業

ドキュメンテーション映像の制作と公開

僕は一つの題材が終わる時と、次の題材が始まるタイミングで、図工便りを紙ベースで発行していました。公立小ではカラー印刷はできなかったので、写真を載せても伝わりにくいと思いました。そのためこの紙面では、なぜこの題材に取り組むのかといった解説や、授業中の子どもたちの声を届けました。文章が中心のA4サイズの簡単な図工便りです。年度初めには、連載8、9回でもお伝えした、各学年の図工の目標も伝えました。

ICT化が進む中、紙媒体でのお知らせについては是非もあるかと思います。学校全体のお知らせが完全にICT化されているのであれば、紙ベースでの「図工便り」は必要ないでしょう。

まだ並行して紙媒体でのお知らせが存在するならば、紙ベースでの発信には効果があると思います。

保護者に配布した図工便りの一例

僕の息子が通う中学校、担任の先生は学級通信をよく発行してくれます。その学級通信が自宅の食卓に置いてあると、なんとなく手が伸びて読んでしまいます。これがもしブログのみであったら、自分で中学校の情報を取りにいくことはなかなかないと思うのです。紙媒体のありがたさを感じます。

僕が着任した当時から、勤務校のブログは存在していました。そのため早々に図工授業の様子をブログでも発信することにしました。
白黒の紙媒体とは異なり、色彩豊かに、それも沢山の写真を掲載できるのがブログのメリットです。紙媒体では文章中心ですが、ブログでは写真が中心です。

紙媒体の図工便りとの連動を図るため、図工便りにブログアドレスのQRコードを掲載しました。紙媒体で手に渡る図工便りから、「授業の詳細はこちらに掲載しています!」といった具合に、手軽にブログに飛べるようにしました。
ブログでは、時系列に写真を並べ、シンプルな言葉を添えて、プロセスが伝わるように工夫しました。

公立小のブログは保護者限定公開のため、閲覧することができません。しかし2021年度担当した新渡戸文化小学校のブログはこちらから閲覧できますので、よかったらご覧ください

ブログ発信は先生の仕事としては、後回しになりそうな、なかなか面倒くさいものです。でも、この発信は届く人には届くものだと、確かに実感できました。常にボリュームのある発信をがんばるのではなく、内容は簡単でいいので、続けていくことが大事なのです。

コロナ禍で変化はありますが、年に数回、保護者が学校に訪れる機会があります。
僕はそこを絶好の機会だと思っています。

保護者会、個人面談などの日程を狙って、そこまでに作品を完成・展示できるように授業のスケジュールを組みました。(ゆとりをもって、子どもには無理させないことが重要!)
図工便りで事前に展示する旨を伝え、ブログで日々の授業の様子も伝えています。その上で作品を見て欲しいのです。

僕は図工専科教員で、個人面談や保護者会を自分が回すことはしなかったので、作品展示をしている場に、学芸員さながら滞在し、見に来てくれる保護者の方々に、直接日々のその子の様子を伝えていました。

全員の保護者と話せるわけではありません。むしろ、ほんの少しの保護者としかお話できません。でもその方たちは、確かに興味をもって作品を見に来てくれるのです。そこで「プロセスの潜む学びの瞬間」を直接お話しすることで、僕の想いや子どもの想いがしっかり手渡せればいいなと思っていました。

ここでも作品は、保護者とのコミュニケーションの媒介になってくれるので、会話も弾みます。

こういう場を通じて、仲良くなった保護者の方がたくさんいます。またその方が語り手となって、図工の価値を他の大人へ伝えてくれることもしばしばです。本当にありがたい、心強い味方になってくれるのです。専科教員はなかなか保護者との接点がないので、僕にとっては貴重な機会でした。

前回の記事に現場の先生からコメントをいただき、とても嬉しかったです。連載の励みになります。