(ケニア)「スラムの子どもたちにとってオンライン学習はただの夢」なのか

(ケニア)「スラムの子どもたちにとってオンライン学習はただの夢」なのか

第3回は、東アフリカ諸国の玄関口として、地域経済の中心的役割を担うケニアを紹介する。GDP比において教育への投資率が日本よりも高いケニアでは、教師のワクチン優先接種などの迅速な対応が取られた。

しかし、社会経済的階層の差からオンライン学習のリソースはおろか、家に本が一冊もない環境にある子どもたちが多くいることが影響し、新型コロナウイルス感染症によって、学習格差は拡大している。「スラムの子どもたちにとってオンライン学習はただの夢」なのだろうか。現場の奮闘と今後の展望を追う。

小川未空:大阪大学人間科学研究科助教

国内の感染確認から3日後に学校閉鎖

COVID-19の拡大により、毎年1~2回行なってきたケニアでの現地調査が出来なくなった。本書の担当章は、パンデミック禍の学習者・教員の様相を、現在得られうるメディア情報や研究報告を基に、なるべく立体的にとらえようとしたものである。

ケニアのCOVID-19の累積感染者数は、人口約4,760万人に対して約31万人、関連死者数は約5,500人である(2022年1月13日現在)注1。昨年12月にはオミクロン株も確認され、年末年始にかけて最も感染者数の多い第5波を迎えた。ピーク時には1日の感染者数が3,700人を超え、陽性率も30%を超えた。それでも数字で確認出来る限りは、感染拡大が各国と比べてかなり低く抑えられている。人口100万人あたりの感染者数は約6,000人であり、日本の14,000人の半分以下である。ケニアでは、大統領の強いリーダーシップのもとで、ロックダウンや夜間外出の禁止、公共交通機関の定員制限などの規制がしかれてきた。

学校閉鎖およびそれに伴う対策も早かった。2020年3月12日、国内で最初の感染が確認され、その3日後には学校閉鎖が発表された。24日には、教育省により対応計画が発表され、5月には、テレビやインターネット、ラジオによる遠隔学習が進められた。同年10月に、国家試験を控える学年で優先的に学校が再開し、翌年1月にその他の学年でも再開した。唐突に実施された学校閉鎖の期間は、7~9か月と長期にわたったことになる。

 

軍よりも教師を優先接種

ケニア政府は、教育セクターを決して軽んじていない。たとえば2019年の教育セクターへの予算はGDPの4.2%であり(Republic of Kenya 2020)、日本の2.8%(2018年)を上回る(OECD database)注2。教育は、国民にとって重要な関心事項であり、政府もこれを優先的に扱ってきた。学校閉鎖中も、政府から教員への給与が支払われ、また、教員およびその家族はCOVID-19関連の治療を無料で受けられる(Onyango 2020)。2021年3月に開始されたワクチン接種では、限られた供給量のなか注3医療関係者に続いて教員が優先接種対象となった。これに警察/軍関係者が続き、後日58歳以上が追加された。政府が教員、ひいては教育をかなり重視していることがうかがえる。

 

「唯一の読書資源は母親のもつ聖書」

ケニア政府は、学校を閉鎖しても学びを止めまいと尽力した。しかしそれらの対策は、むしろ学習格差を拡大させる原因となってしまった。既に種々の研究や調査が学校閉鎖の影響を検討しているが、それらは概して、社会経済的階層によって学校閉鎖中に学習へアクセスできた程度が異なることを報告している。

たとえば、全国3,735世帯を対象とした調査は、オンライン学習へ22%のみがアクセスできたと報告している(UWEZO 2020)。20%の保護者は、遠隔学習の必要性にすら気付いていなかった。認知の度合いには地域差があり、たとえば都市部などでは9割以上だったが、北東の乾燥地などでは2割に満たなかった所もある。また、世界銀行による電話調査を分析した研究によれば、学校閉鎖中の学習形態は圧倒的に自習(self-directed study)が多く(60%)、次いで両親の支援(20%)であった(Sakaue et al. 2021)。政府が推進したはずのオンライン、ラジオ、テレビによる学習は10%を下回った。

遠隔学習が多くの人に利用できるツールとならなかった背景には、停電やネットワークのダウン、2Gの通信網しか整備されていないなどといった供給側の問題のほか、通信費や電気代の障壁、また、家庭あたりの子どもの数とスマートフォンなどの端末数が見合わないことなども挙げられる。

2020年5月2日の新聞記事には、「スラムの子どもたちにとってオンライン学習はただの夢」と題され、国家試験を目前に控える初等学校8年生の事例が掲載されている(Chebet 2020)。彼女は、「教科書は1冊も持っていないし、母の携帯電話は故障していて使えません。試験に備えたいけど、私の手元にあるのはノートだけで、学習は進んでいません」と話す。ノートを読み返すのに疲れたら、母親の古い聖書を読み直す。それが彼女の持っている唯一の読書資源であるためだ。彼女の母親は、「政府はフェアではないです」と不満を漏らし、「私たちはオンライン学習に必要な贅沢品(luxury)など持っていません」と話した。

これは、極度の貧困層の事例だろうか。2014年から断続的にケニア農村部で調査を実施してきた筆者は、必ずしもそう思わない。電気もインターネットもないという家庭は一般的で、筆者が居候させてもらった家もそうだった。また、学校では自習時間を観察することも多かったが、生徒たちは多くの場合、授業中にメモしたノートを黙々と眺めて読むか、あるいは、そのまま別のノートに書き写していた。日本で想像する「自習」とは、問題集を広げて教科書などを参照しながら問題を解く姿だろうか。おそらく持っている教材も学習の環境もかなり異なるだろう。

 

経営破綻する学校

学校の再開は、混乱のなか行われた。パンデミックに伴う困窮や、学校閉鎖中の妊娠/結婚などによる中途退学も多くみられた。感染症対策も各学校にとって容易ではなかった。1教室あたりの児童数が100人を超えていたり、水不足により手洗いが困難であったり、慣れないマスクを嫌がる学習者の姿も報道された。また、日々の授業料でどうにか運営されていた下位私立校では、学校閉鎖中の経営破綻もみられ、学校再開時に戻るべき学校を失った者も多い。別の学校へ転入するにしても、ただでさえソーシャルディスタンスに苦悩する公立校では、受け入れるキャパシティを十分に確保できない。そのほかにも、学校再開時、シラバスは進んでいないばかりか、学力の大幅な低下がみられた。学校閉鎖中に教育を再開した教員らによれば、ほとんどの学習者らが閉鎖以前の学習内容を完全に忘れていたという(Sinoya 2020)。

もちろんその一方で、上位の私立校ではスムーズに学校が再開できたことも付言しておきたい。もともと1教室あたり25人程度の児童数であったことや、閉鎖中にもオンラインなどでの授業を進めることができたため、通常の学年度通りの学習が行われた(Muchunguh 2020)。このような教育格差は従来から厳然と存在していた課題ではあるが、学校閉鎖によってより明確に露わになったといえるだろう

2022年1月現在、ケニアは長期の学校閉鎖による遅れを取り戻そうと、各年度の休暇期間を短縮しながら学年暦を再編成している注4。しかし、このような遅れの取り戻しは一方で、「学費の頭痛(School fee headache)」とも表現される困難を人びとにもたらしている。短縮された学期は、すなわち、頻繁な学費徴収を意味することにもなる。筆者が調査を行なう農村地域においても、たとえば農作物で生計をたてる多くの人びとにとって、雨季や乾季、あるいは植えた作物の収穫時期によって経済状況は大きく左右される。そこに頻繁な学費徴収が実施されれば、学費の未払いによる中途退学も起こりうる。

そのほかにも、COVID-19との関連性は明らかではないものの、生徒による学校への放火事件が相次いで報道されている(Yusuf 2021)。学校への放火はCOVID-19拡大以前より定期的に起こっていたものの、2021年10月には35校もの学校が被害を受けた。筆者の知人の教員は、「シラバスの進捗が悪いです。私たち(の学校)は3か月も遅れています。課外活動もストップしてしまい、学校での不安(unrest)が生じています」と連絡をくれた(2021年11月26日)。ケニアの学歴競争は熾烈である。このうえに実施されるシラバスの急速な取戻しは、生徒や教員に圧し掛かる少なくないプレッシャーを増大させているだろう。

 

おわりに:それでも希望はあるか

現在得られる情報は、非常に限定的であり偏りもある。そしてその多くは、貧困層の人びとがおかれる苦境を提示している。しかし、苦境のなかでも既存のリソースを駆使してこれを乗り越えようと活動した人びとが存在することも確かである。

たとえばある教員は、パンデミック禍の生徒や教員をとりまく不安を打破するため、自ら人びとの家を周り食料や学習教材を配布する活動を行なった (International Task Force on Teachers for Education 2030, 2021)。また、UNESCOが収集したインタビュー動画では、各国で教員や生徒らがどのように苦境に対処したかが紹介されている注5。そこに含まれるケニアの教員の動画は、彼の不安定なネットワーク環境が想像できる画質・音質ではあるが、その限られた資源を活用し自らの努力で生徒へ学びの機会を提供したことが伝えられている。

世界共通の災厄が人びとを襲うとき、脆弱な人ほどより強い影響を受けるだろう。しかし、市井の人びとの生活は、市井の人びとの力によってどうにか立て直そうという努力が絶えずなされている。筆者は、ケニアへの渡航がかない、そのような人びとの日々の生活を肌で感じられる日が来るのを心待ちにしている。

 

 

注1:Reuters researchデータベース(https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/)

注2:Public spending on education, Primary to tertiary, % of GDP

注3:国民4,760万人に対して410万回分の見込み(Ministry of Health 2021)

注4:通常は1月に始まり12月に終わる。2020年12月に発表された改訂版では(Ministry of Education 2020)、2020年度を2021年7月までに終了し、2021年度を7月~2022年3月、2022年度を4~12月とする予定である。

注5:https://en.unesco.org/covid19/educationresponse/learningneverstops

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